【戦いは終わらない！】

「えー。本日も、あけましておめでとうございます！　こうして日々変わらず新年のめでたい日を迎えられることを感謝しつつ、明日もまた素晴らしい新年であることを願って……」
　毎日毎日、変わり映えしないったらありゃしません。
　もちろん少年は『聖＜セント＞・ハッピーニューイヤー教』の敬虔なる信徒でありまして、今日だって朝も早よからミサへ顔を出しては祈りに祈り、祈り倒しているわけですけれど……彼は思います。思わずにいられません。
　いくらおめでたくったって、毎日同じことの繰り返し。なんだか生きてるって気がしないんだ。
「やあ君、どうしたんだい？　浮かない顔だね。悩みでも？」
　神父さまの優しい笑顔も、ありがたいお説教も、昨日とまったく変わりません。まったくもっておんなしです。少年はふう、とため息ひとつ。
「だぁーいじょうぶ！　明日が来れば、また新しい年だ！　悩みも困ったことも、ぜーんぶリセット！　忘れちゃえ☆　それ、ハッピーニューイヤー♪　ハッピーニューイヤーァ♪」
「「「ハッピーニューイヤー！」」」
「そら少年、君もいっしょにハッピーニュー……ん？」
「神父さま、大変です！　襲撃です！」
「なあにい～？　今日はどこの教会だね？」
「『淑やかなる文化の日教会』だそうで」
「ふふん、弱小だな。叩きのめしてくれよう、そおれハッピーニューイヤー！」
　信徒たちはばたばたと騒ぎ始めましたけれど、こんなことは日常茶飯事です。すっかり慣れっこの少年は、新しい日を夢見て再び、はあっと深く息を吐きました。



　そんなふうに自分の信仰を疑う日々を過ごしていた少年のもとへ、ある日。なんとも騒がしく、変化は訪れました。
「し、神父さま！　大変です！　襲撃です」
「ハッピーニューイヤー☆　まったく懲りないな、新年より素晴らしい祝いは無いというのに。今日はどこの小さな教会だね？」
「それが……『悪魔と踊るハロウィン教団』です！」
「な、なにい～～～！？」
　悪魔と踊るハロウィン教団！　近年規模を増してきた新興勢力です。聖・ハッピーニューイヤー教にはちょっと及ばないけれど、生き馬の目を抜くこの業界で今や飛ぶ鳥を落とす勢いのハロウィン教団の脅威は、ミサでもなにかと話題に上りました。
　そんなのが乗り込んで来ただなんて……もはや衝突は避けられません！
「皆さま、ハッピーハロウィンです♪」


　現れたのは、つやつやのブロンドヘアに、青くてきれいなぱっちりおめめの女の子。オレンジとブラックのドレスに包まれた身体は実に華奢で、なんだか折れてしまいそう。背中に広げた大きな翼は夜のように真っ黒で、星空みたいに美しく、少年の目を惹きました。
　女の子はにっこり微笑み、言いました。
「私は悪魔と踊るハロウィン教団のシスター・リリエル。突然ですがこの教会は、今日から私たちハロウィン教団の支部とさせていただきますね！」
「くっ、勝手なことを！　我々は新しい年を祝うためにここにいるのだ、ハロウィンなど知らん知らん！」
「でしたら、改宗してください☆」
　雪崩れ込むハロウィン教団の信徒たちはいずれもオレンジと黒のローブに身を包み、カボチャのマスクをかぶり、蝙蝠羽を背負って、そうして一斉に叫びます。
「「「トリック・オア・トリィーーート！！」」」
「ええい負けるな、ハッピーハロウィーン！！」
　どたばたどたばた。わーわーわー！
　教会は大混乱です。そこらじゅうで双方の信徒たちがもみくちゃとなり、ハッピー教は花火をばかすか打ち上げて牽制し、ハロウィン教団は煌々灯るカボチャのランタンを振り回します。まるでお祭りみたいな大騒ぎ。大乱闘です！
　当たり前の毎日に慣れ切っていた少年は、すっかり腰を抜かしてへたり込みました。かわいそうに、ちょっと涙目でおろおろと狼狽するばかりです。
「ふふ。おとなり、いいですか？」
　ふとかけられた柔らかい声に振り向いて、少年はまたまたびっくり！　今まさにどたばたわーわーとやりあっている、ハロウィン教団のシスター・リリエルではありませんか。
　シスターは殴り込みをかけてきたにしては穏やかな瞳で少年を見つめて、ふんわり。微笑しました。
「こういうの、初めてですか？　ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」
　覗き込まれて夢見心地、頬を赤らめながらも少年は、当たり前のように尋ねました。
　どうしてこんなことを？
「そうですね～。人はとっても、弱いから。でしょうか？」
　よく分からなくて、あるいはシスターの声がもっと聴きたくて、少年は前のめりです。
「お祭りって、とっても楽しいじゃないですか。お休みの日って、嬉しいじゃないですか。毎日がお祭りだったら？　すーっごく楽しくて、嬉しいですよね！」
　すーっごく、のところを両腕でまんまるを作って表現するシスターはちょっと子どもっぽくて、年相応に見えて親近感が湧きました。
「私だったら、ずーっと楽しんじゃいます。お仕事も忘れて、ずーっとずーっと遊んじゃいます。やらなきゃいけないことも、大事なこともぜーんぶ忘れて、ずーっとずーっと。だって毎日がお休みだなんて、楽しすぎますもん！」
　大事なことも？　全部？
　でも毎日だなんて、飽きちゃわない？　疲れちゃわない？
「そうっ！　そうなんですよー！」
　がば、とやにわにシスターが立ち上がったもので、少年はやっぱりびっくり。
「楽しいこと、嬉しいことを、私たちは得てして、与えられれば与えられるだけ享受してしまいます。そのうちに、それがどれだけ大切なことだったか、どれだけ嬉しいことだったか、ありがたさを忘れてしまうんです」
　だから……こうして？
「そう、だから私たちは、せめぎ合うんです。ハロウィン教団も、ニューイヤー教会も。淑やかなる文化の日教会も、健啖かつ慇懃な敬老の日教も、チルドレン・オブ・ゴールデンウィークも。幸せにおぼれて大切なことを見失ってしまわないよう、戒めているんです」
　それにね？　と、シスターは悪戯っぽく。
「お休みもお祝いも、お祭りも、いろんなのがあったほうが楽しいでしょう？」
　さてと、と少年へ茶目っ気たっぷりのウィンクを残して、シスター・リリエルは自らもカボチャのステッキを手にすると、
「がんばリリエル！」
　どたばたの中へ元気に飛び込んでいきました。
　その頃には少年のおろおろも不安な気持ちも、退屈な毎日への憂いも、すっかり吹っ飛んでおりました。
　ぺちぺち、自分のほっぺたを叩いて気合イッパツ。
　さあ、いくぞー！












「……ふおっ」
　リリエル・エーテライトがふと目を覚ますと、Barアストラルはにわかに静けさに包まれておりました。といってもあたりには酔っ払いたちの寝息やら寝言やらいびきやらが響いて、静寂とまでは呼べませんでしたけれど。
　年が明けてからも酒場での祝宴は続き、冒険者たちは揃ってすっかり眠ってしまったようです。リリエルもぱたぱた忙しく給仕に立ち回るうちに日は変わり、疲れが溜まって、ちょっと休憩するつもりがすやすやと寝入ってしまったのでした。
　寝ぼけまなこをくしくし。肩にはケープがかけられていて、マスターの心づかいでしょうか。
「ふわわ……あふ。祝日やお休みの日があんなふうに決められているなんて、知りませんでした……」
　なんだか、いろんな夢を一度に見たような気分です。楽しくって思い出すと嬉しくなってしまう夢や、勇気が湧いてくるような力強い夢など、いろいろ。それぞれがきらきら輝く、素敵な体験でした。
　もう少し、余韻に浸っていたい気もします。けれど、
「皆さん起きてくる頃ですね。そろそろお仕事に戻らないと！」
　外では朝を告げる鶏が高らかに鳴き、やがていつもの賑やかさが戻ってくるはず。それまでにグラスや皿を回収し、洗って拭ってしまわなければ。床の掃除も済ませてしまいたいところですけれど、冒険者たちがごろごろりと雑魚寝状態なもので、ま、後回しでも良いでしょう。
　ぐいーっ、と腕まくり！
「さあっ、今年もがんばリリエルー！」