【カンポーガールず！】

「……へえ？」
　スマホに届いた益体もない広告メールの通知を、いつもの天神平 庵なら無意識の向こうへざざんと流してしまうところでしたけれど。
「『カンポーガールず』ね。ちょいとあたしの興味をくすぐってくれるじゃないか」
　庵のライフワークといえば、おクスリの研究です。
　ちょっと怪しゲ～な響きもあながち間違いではありません。研究者といえば聞こえは良いけれど、その実態は限りなくマッドでありまして、あんなおクスリやこんなおクスリだってちょちょいのちょいとこしらえてしまうステロタイプなまでのマッドサイエンティストっぷりです。
　前髪の派手なショッキングピンクのメッシュさえ、パンクロッカーのごとき反逆精神の表れかと思いきやなんらかのヤクブツ実験の結果なのだというのだから、筋金入りもいいとこです。髪がピンクになるくらいで良かったよ、まったく。
　と、まあマッドではありながらも薬物にはたいそう精通しておりますから、当然漢方薬の類だって例外ではありません。ゆえに『カンポーガールず！』には、庵をして興味をそそられてしまったというわけなのです。
「ま、遊んでみようか」
　幸いにして本日の『天神平薬局』にはお客の姿もなく、ありていに言ってヒマでしたから、ちょうど良かったというものです。
　ぺもっとスマホをタップすると、ゲームアプリが起動しました。



『カンポーガールずの世界へようこそ！』
　画面の中へまず登場したのは、オレンジ色の髪をした女の子。頭の上にはみかんのヘタのようなものがちょこんと乗っており、なんらかのカンポーを擬人化したキャラクターのようです。
　ハヤリの2.5D表現でぐりぐり、活き活きと動く女の子は、朗らかな笑みを浮かべて自己紹介をしてくれました。


『わたしは陳皮です。効能はせき、肩こり、消化不良など。身近なところでは七味唐辛子にも入ってるんですよ。よろしくお願いしますね、薬師さま！』
「おお、案外ちゃんとしてるね」
　確かに陳皮には鎮吐、鎮咳、駆風効果などがあり、風邪薬にも使われています。ウィンドウが開いてずらりと表示された陳皮ちゃんの説明は、薬学博士な庵もうなずける内容……というより単なるゲーマー向けの一コンテンツにとどまらない異様なまでの凝りようで、庵の興味は俄然深まりました。
　『カンポーガールず』は要するに、こういった生薬を擬人化したキャラクター『カンポーガール』を集めて遊ぶゲームであるようです。
『実はわたし、みかんの皮なんです。エコ！』
『いや、それって生ゴミじゃん』
『生ゴミじゃないもん！』
「ははは」
　案内役の陳皮ちゃんと、お友だちであろうほかのカンポーガールとの掛け合いも楽しく、いつの間にやらすっかり遊ぶ気まんまんな庵。
　スマホをぺもぺもやると、
『まずは、薬師さまのパートナーとなる最初のカンポーガールをゲットしましょう！』
　いわゆるガチャです。初回プレイは１００連ガチャを無料で引けるとかなんとか。
「１００回とは大盤振る舞い。どれ、やってみようかな」
　カンポーガールずのガチャは、たたんだ薬包を開いてざらざらざらっとこぼれた薬の粒が女の子に変身する、というスタイル。なかなか楽しい演出です。
　開いた薬包へ広がった生薬たちの中に、きらり！　ぺかぺかーっ。虹色に光るお薬が！
「おっ、これはいいヤツなんじゃないか？」
　びかびかびかびか。稲妻ずばばばばー！　ド派手な演出を経て、やがてすらりと立ち上がったのは、
『わたくしは芍薬。効能は消炎、抗菌、止血や浄血作用があります。どうぞ、わたくしを薬師さまのお傍に置いてくださいませ……』
　優雅に着物を着こなし、鴉の濡れ羽色した髪をなびかせる、凛とした大和撫子でした。
「ほー、なるほど。芍薬の原産は中国やモンゴルだけど、日本では古くから園芸用としても珍重されてきたからな。そこを汲んだデザインというわけだ」
　遊んでるのがおクスリのスペシャリストですから、愛らしいカンポーガールたちのデザインひとつひとつから、その背景やデザイナーの意図までも読み取ることができました。庵ほどこのゲームに向いたプレイヤーもほかにいないことでしょう。
『あたいは葛根！　発汗作用や解熱、鎮痛の効能があるんだぜ。あたいの生命力で、病魔なんてイチコロだぜ！　っておい、雑草なんて呼ぶなよな！』
『わたしは大棗。強壮作用・鎮静作用があるわ。それに、高級な工芸品にも利用される美しさもまたわたしの特長よ。せいぜい敬ってちょうだいね』
「１００回も回せば、いろんなカンポーガールが手に入ったな」
　壮観なガールずの並びに満足しつつ、次はバトルの準備です。
　カンポーガールずがそれぞれの薬効をもって倒すべき敵、その名も『病魔』！　ガールずたちと同様に擬人化された病や毒、ウィルスなどを相手に、プレイヤーたる薬師は戦いを挑まねばならないのです。
『薬師さま、カンポーガールを選んでチームを組んでください！』
「好きな生薬を選んでチームを作るのか。どれ……ん？　待てよ、こいつとこいつを入れたら……」
　ふと、思いつき。庵は自身の感性に従って、カンポーガールをぺもぺもぺもっと選び出します。
　すると……またもやまばゆい光がぺかーーー！

『葛根！　麻黄！　桂皮！　芍薬！　生姜！　大棗！　甘草！
　完成、薬陣・葛根湯！』

　生薬たちが陣形を組んで並び立つ、なんと勇ましい姿でしょう！
　そう。漢方薬とは本来、複数の生薬を組み合わせて強い薬理作用を引き出すもの。カンポーガールずというからには組み合わせがあろうと考えた庵の思惑バッチリ、でありました。
『薬師さま、すごいです！　いきなり薬陣を完成させてしまうなんて！　これなら病魔とだって戦えますね！』
「ふふん、この程度朝飯前さ。なるほど、生薬ごとの特性と組み合わせで発動する薬陣の特殊効果、それに病魔の性質や症状を考えてチームを構成すればいいわけか。ふふふ、あたしの薬学知識を見せてやろう」
　陳皮ちゃんのお褒めの言葉に、庵はにやり。
　さあ、モノトーンな身体に赤く煌めく瞳を持つ禍々しい怪物たち、ずらり並んだ病魔どもを前に、一歩も退かぬ我らがカンポーガールず！
　いよいよバトルへＧＯ～！



　といったところで、残念ながら今回のご紹介はここまで。
　あなたもアプリをインストールして、どこまでも奥の深い『カンポーガールず』の世界へ飛び込んでみてくださいね！