ある兄弟の事情｜リアクション

ある兄弟の事情

【弟よ】

　滝原カノン。こう見えて、聡いところもありました。
「にーちゃん、にーちゃん。ねえ、なんでこの前、女の子のカッコしてたの？」
「ぶふぅーーーっ！！」

　とある休日の午後。居間で兄弟ふたり、まったりお茶などいただいていたところ、滝原レオン。唐突に試練の時！
「ええっ、どしたのにーちゃん！？」
「げっほ、ぐっほ、ごっほ！」
　壊れたスプリンクラーか噴水よろしくお茶を噴いた兄に、弟は目を剥きました。激しくむせる兄の背中をさすさすさす。
　にーちゃん大好き！　なカノンです。なんとなーく言いにくい事情もあったりするんだろうなー、と察していたのかもしれません。しばらくは尋ねることもありませんでした。
　それでもやっぱり……いえむしろ、にーちゃん大好き！　だからかも？　聞かずにはいられなかったのでしょう。
「ごほ、えっほ、けほっ。な、なんだって？　カノン、今なんて？」
「いやだから……にーちゃん、なんでこの前女の子のカッコしてたの？」

　じぃっとまっすぐ、汚れなき瞳が兄を射しました。
　これはもう、言わねばなるまい。言わねば収まるまい。
　労わりと好奇心の狭間で揺れるマナコに、レオンはしばしうーんと考え込んでしまいましたけれど、やがて。
「……ええと、なんだ。うん。とりあえず、そこに座れ」
「うん」
　ピッシー！　と律儀な正座にまとまった素直すぎる弟に、この期に及んで兄の目は泳ぎました。

　確かに、説明すべきであろうとは思っていたのです。レオンは。だってあの時、事情は後で説明する！　なんて言ってしまったんですもの。
　そりゃあ気になりますよね。聞かずにはいられないってなものです、むしろ今までよく我慢したものです。
（正直、このままスルーしてほしかったが……）
　純真そのものなカノンの視線に満ちる憧憬と信頼が、レオンの胸をちくりと刺しました。
　伝えたい。ちゃんと伝えるべきだ。弟なんだから。そう思います。けれど……そうと容易く割り切れないのも偽らざる本心です。でなければ初めから、家族にも友人にも秘密にしたりはしません。
　密やかな趣味を弟に知られてしまったことは、まったくの不覚でした。
（けど、あの時は仕方なかった。だって、あの時は）
　カノンのピンチに思わず、身体が動いてしまったのでした。
　もちろんそのことは後悔しません。なにも女装を楽しんでるときに限ってあんな事件が起こらなくても……と思わなくもないけれど、まあ言ってもせんのないことです。
「にーちゃん？」
「ああ。うん。どこから話したものかな……」
　事ここに至っては、語らず済ませることなどできません。問題は、そう。いかに語るか？　です。
　あくまで疑うことを知らない弟の目をまっすぐに覗き込み、レオンは重たい唇を開きました。
「実はな。あの時の俺は……ちょ、調査をしてたんだ。独自調査だ」
「ちょーさ？」
　こてん、とカノンの首が傾きます。頭の上にはハテナがいっぱいです。
「ああ、そうだ。『ユグドラシル』の調査だ」
　ごめんな。弟よ！

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