【兄弟遊戯】

　ちくり。ウソと弟の曇りない微笑みが、レオンを突きました。
　身バレ防止という建前はありつつ、多分に趣味でもある女装について、やはり家族であっても話すのははばかられました。
（あの事件についても、俺は結局伝聞でしか知らないしなあ……）
　カプセルギアにまつわる、なんだか大変な騒動があったらしいというのは耳にしました。まだ大人たちにまでそう広がっている話ではないものの、ねこったーのタイムラインを追って、なんとかある程度事態を把握することもできました。
　そんな事態に、カノンも巻き込まれていたのは驚きましたけれど。
（カプギアやってりゃ、そうなるよな。っつーか、最近は俺もちょっとはまってきたし……）
　はっ、とレオンは気付きます。
　つまりこの先、カプギアのイベント会場などにでも足を運ぼうものなら、同じようにカノンと出くわす可能性は高いということ。
（いつまでもごまかしておけるもんじゃない……か？）
「にーちゃん、どうしたの？」
　くりん、と無邪気な顔。
　罪悪感は募りました。けれど、
「わ。ふわ」
　くしゃくしゃと頭を撫でてやると、カノンはくすぐったそうに目を細めます。
　何事にも、ちょうどいいタイミングというものはあるはず。性急である必要はないのかもしれません。
　もちろん話せばきっと、カノンは笑って受け入れてくれることでしょう。それでも……今はまだ。
「……よし！　カノン、カプギアでもやるか！」
「えっ、遊んでくれるの！？」
「いや。特訓だ！　またあんな事件があったときに、いつでもにーちゃんが助けてやれるわけじゃないからな」
「そっか、おれももっともっと練習して、強くなんなきゃいけないもんね！」
「そーゆーことだ」
　よくよく考えてみれば、カノンもなんだかんだとまだ子どもです。あれこれと一度に伝えてしまっても抱えきれないかもしれないし、レオンの気持ちだって上手く伝わらないかもしれません。
　まずはゆっくり、じっくりと。兄弟ふたり、ちょうどいい速度で歩んでいけばいいのです。
（今はそれで、いっか）
　いつか、本当のことが話せたら。



「いっけえーっ、ニャーサー！！」
　カノンのいつになく鋭い声に、レオンはきりりと気を引き締めます。
　旧市街にあるおばあちゃんの家がふたりの自宅であり、今はその玄関前がカプギアたちの戦場です。
「うおっ、早い……！」
　地を蹴り駆けてくるのは、カノンの相棒『キングニャーサー』。速度を重視したバランス型で、剣と盾を携え、マントをなびかせ疾走する姿はまさしく猫の騎士王です。
　対するレオンの『アタランテー』は、防御を捨てたアタック・スピードの二極型。銀の弓アルテミスをきらめかせ、柔軟に迎え撃つ構えです。
「近づかれたら厄介だな」
　アタランテーは左手にエネルギーを圧縮し矢を形成すると、流れるような所作で銀の弓へ番え高速連射！　牽制射撃は降りしきる雨のように逃げ場もなく、面の制圧力をもってキングニャーサーへ襲いかかります。
「ニャーサー、ブロックだ！」
　けれど騎士であるキングニャーサーは、左手に堅牢なクロスシールドを備えています。十字模様をあしらった盾を掲げると、どががががん！　矢の何本かは貫通したもののほとんどを弾き、ボディへのダメージは皆無です。
「今だ、反撃！」
「やべっ……！」
　鋭く潜りこんだニャーサーは、右手のニャクスカリバーを一閃！
　間一髪、アタランテーは身をかわしながらにゼロ距離からの射撃で切り返し、俊足を活かして距離を離します。
「うおお、危ねー……！　やるなカノン、にーちゃんびっくりしたぞ」
「へへへー♪」
　カノンは一瞬、なんとも嬉しそうにふにゃっと頬を緩めたものの、今は勝負の真っ最中。すぐにギアマスターの表情に戻ります。
「今度はこっちからいくぞ！」
　アタランテーの俊足が、ニャーサーを翻弄。不規則な動きで予測を外し、相手の回避する先目がけて、銀弓アルテミスから強力な一射を撃ち込んでいきます。その狙い、寸分の狂いもなし！
「ううう～」
　どうにかシールドでしのぎつつ、ニャーサーはもどかしい前進を強いられます。隙を見せたり油断すれば、必殺の一矢がニャーサーの装甲の隙間を貫くでしょう。
　かたやアタランテーも、甘い狙いで矢を放とうものならすぐさま接近を許し、聖剣ニャクスカリバーの一撃を浴びてしまうはず。
　思いのほか拮抗していたふたりの操縦の腕前が、しばしの沈黙を生みました。けれど、
「……そこだー！」
「わっ！？」
　ニャーサーの剣が弾いた矢が壁へと突き刺さり、思いがけず響いた音が、アタランテーに隙を生みました。すかさずニャーサーは突撃し、瞬く間に肉薄します。
　ニャクスカリバーを振りかぶり、
「と見せかけてっ」
「げ、盾で……フェイントかー！？」
　意表を突いたシールドバッシュ！　衝撃に宙へとかち上げられたアタランテーへ、追撃の剣が打ち込まれました。
「やった！　おれの勝ち、あれぇ！？」
「まだまだ！」
　攻撃を受けても諦めない意思が、カウンターのチャンスを生みました。アタランテーの銀弓から放たれた光の矢が、ニャーサーの肩口を直撃！
　両者とも、撃墜寸前の致命打となりましたけれど、まだ機体は動きます。
「今度こそ……！　いくよ、にーちゃん！」
「よーし、来いっカノン！」
　にかっ、にぱ、と笑顔が交錯します。
　ふたりの勝負……というより、じゃれ合い？　兄弟遊戯はもう少し、続くようです。