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　理事長が行方知れずらしい。
　その話を聞いた佐藤 英二は、流石に少し心配になって、理事長を探そうと思い立つ。
　最初に向かったのは、野々 ののこの所だった。
「野々さん、理事長のことって聞いた？」
「修了式にも来なかったよね。何かあったのかな？」
「それが、行方不明……なんだって」
　え”、と。ののこがすごい声を出した。
「それってすごい大変じゃない！？」
「うん、だから……探してみようと思うんだ。それで、出来たら野々さんとも一緒に探せたら心強いなって。 ……だめかな？」
　ちょっとだけ考え込むように唸ったかと思うと、「わかった！」とののこ。
「私に出来ることあるかはわかんないけど、一緒に行こ！」
　そう、これだ。ののこのこの行動力が、英二にはすごく頼もしく思えたのだ。
「野々さん、ありがとう。じゃあ、まずは理事長室に行ってみよっか」
　二人連れ立って、手がかりを求めて理事長室へ。

◆
　生物部、飼育小屋。
　桜井 ラッセルは、マスクと手袋、生物部作業着を装着していた。
「神野がしっかりしてるおかげで助かった……」
　ちょうど飼育小屋の近くで美野梨を見かけたことで、「生物部だった！」と気付くことができたのだ。
「生物部は命を預かる大事な部だもの、しっかりしてなきゃ」
「そーだな！　修了式で気分も新たにすっから、こいつらの家も綺麗にすっぞー！」
　飼育小屋の掃除にやる気を燃やすラッセル。
　ただ――小屋を見渡し、二人だとちょっと大変そうだなと思う。
　雨崎 荒太郎がやってきたのは、ちょうどその矢先だった。
「神野さーん、ラッセルくーん！　手伝いきたよ～」
「おー雨崎！　助かる！」
「ありがとう雨崎くん、助かるわ。部活の方はいいの？」
「ぼく水泳部だからさー。冬は割と暇なんだよねー」
　年度末だとプール掃除なんかもないし、当然ながらプールでの練習もない。
　水泳部としてやらなきゃいけないことはそんなになくて、結果として今日の荒太郎は結構暇だった。
「ってことでまぁ、雑用は頼んじゃってよねー」
　手袋と頭巾を装着し、荒太郎も準備万端。
「それじゃあ、始めましょうか」
　そんなこんなで、飼育小屋の大掃除が幕を開ける。
「こっちがウサギ小屋で、そっちが鶏小屋ね」
「はーい。寮より綺麗な小屋だからすぐ終わるよー、きっと」
　美野梨の説明を聞きながら、慣れた手付きでテキパキと掃除を始める荒太郎。
　その手際の良さに、ラッセルは感心していた。
「手練れてんなぁ～……」
「鶏のお世話してきてて、慣れてるからねー」
「あー、猫鳴館の鳥小屋だっけ？」
「そうそう、この2年くらいずっと」
　2年近くお世話してきたら、そりゃあ慣れるというものだ。
「2年、2年かぁ……」
　2年という言葉を噛みしめるように反芻し、小さくうなだれるラッセル。ただし、手はきちんとスチームクリーナーをかけたままだ。
「2年がどうかしたの？」
　美野梨が訊けば、「んー」と少し顔を上げて、
「先輩たちも卒業しちまったし」
　はああ、と大きなため息を一つ。
「……2年、おわっちまったなあって」
　そんなラッセルを、「まあまあ」と美野梨と荒太郎は慰める。
「確かに2年生は終わっちゃったけど、まだこれから3年生の一年間があるんだし」
「高校生活最後の1年間、めいっぱい楽しもうよー」
「2年に悔いがあるならその分も、ね」
「卒業しちゃった先輩たちとも、二度と会えないわけでもないしね～」
　二人の言葉に、「そっか、そーだな！」とラッセルは元気を取り戻す。
「じゃあ3年生に向けて、まずは掃除ばっちり終わらすぞ！」
「終わらすぞー」
　おー、と拳をつきあげる男子二人に、「その意気ね」と美野梨は微笑を漏らした。
　
　そんな風にして、生物部と助っ人が掃除に勤しむことしばらく。
　大掃除のゴミ出しからの戻り、薄野 五月がふらっと小屋の方へと立ち寄った。
（こちらは生物部さん達が……そう言えば、桜井さんは生物部に所属してらっしゃいましたね）
　ちょっと探してみようかと覗いてみると、鶏小屋を掃除中だったラッセルが先に気付いた。
　スチームクリーナーをいったん止めて、「薄野！　よ～す！」と手を挙げる。
「よーす、です。掃除の具合はどうです？」
「見てのとおりにてんてこ舞いだよ」
　笑って肩をすくめるラッセル。
「おや、それは。お邪魔じゃなかったですか？」
「いや、ぜんぜん！」
　二人が話していると、掃除のために動物たちを囲った柵の向こうから、二羽の鶏がこっここっこと五月の方に寄ってくる。
　五月はしゃがみこんで視線を合わせると、柵越しに鶏に話しかける。
「やあ、鶏さん元気ですねぇ。一年お疲れさまでした。ふっふ」
「コッコ、コータロ、薄野が遊んでくれてよかったな～。そうだ薄野、ご飯まだだから餌をやっても大丈夫だぞ？　やるか？」
　ラッセルの提案に、五月は眼鏡の奥をキラッと輝かせる。
「でしたらお言葉に甘えて」
　思わぬ機会にふっふと顔をほころばせ、コッコとコータロの餌やりにチャレンジする五月。
　そうしていると、ウサギ小屋の方に行っていた荒太郎もやってきた。
「あっ、薄野さんがいる！」
「おや。雨崎さんもいらしてたんですね」
「暇だったから手伝いにねー。ラッセルくん、ぼくも餌やりしてもいい？」
「薄野、餌まだあるか？」
「ありますよ。これ全部で一回分ですか？」
「おう。じゃあ大丈夫じゃないか？」
　わいのわいのと、鶏の餌やりで盛り上がる三人だった。

◆
　それからまた少し、時間は過ぎて。
　掃除が一段落した頃合いを見て、美野梨はおもむろに鶏たちの鳴き真似をした。
　ろっこん、『友との語らい』が発動する。
＜最近変わったことはなかった？　女性の悲鳴とか聞いてないかしら？＞
＜悲鳴？＞
＜ううん、聞いてない＞
　じゃあ、と今度は理事長の写真を取り出して見せる。
＜この女性に見覚えはない？＞
＜その女の人、見たことあるよ＞
＜小屋の前を通ったの見た＞
＜そっか、ありがとうね＞
　手がかりはなし、と。まあ流石に鶏小屋の前で事件が起きたりはしないだろうし、予想通りと言えば予想通り。
　写真を見せていたのに気付いて、ラッセルが声をかける。
「理事長がどうかしたのか？」
「行方不明らしいのよ。どこへ行ったのかしらね？」
「まじで？」
　高校最後の1年間がどうとかいう話をした矢先の、不穏な話題。思わず、ラッセルがぎょっとした顔になる。
「春休みだから旅行とかいってんじゃないの？」
　荒太郎の意見に、「だといいんだけどね」と美野梨。
　ひとまずこれ以上は、探偵助手くんからの情報待ちだ。

◆
　職員室を訪れた深縹 露草の顔面は、蒼白そのものだった。
　まだ肌寒さも残る季節だというのに、背筋にはじっとりとした汗が伝う。
（理事長が……、まさか……！）
　修了式の差し入れついでに様子を聞いてみたら、不在と言われた。しかも、卒業式にも居なかったと聞く。
　嫌でも思い出されるのは、理事長の一件。
　四次元空間に囚われた際、露草が使用したろっこん『我が紋章は、光り輝く道標』。
　『鬼が見つけられて困る物、あるいは者』を光らせる条件で使った時、理事長が光っていた。
　露草はそのことをはっきりと覚えていて、そしてそれがずっと気がかりだった。
　そんな中で聞かされた、理事長の不在。
　だから露草が真っ先に考えたのは、あの鬼の干渉だった。
　あの鬼は逃げ延びた。もう一度干渉してきたとしても不思議じゃない、いやむしろ、それしか心当たりなどありえない！
「連絡がつかなくなる前、理事長はどんな様子でした？」
　質問する自分の声が、微かに震えていること気付く。それは多分、怒りのせいだ。
「何か考えこんでるような……そんな感じだったかなあ」
　やはり、と露草は内心歯噛みする。
　節分の一件が、理事長の心に何か影を落としたに違いない。少なくとも、心境の変化をもたらしたのは確かなのだろう。
　爪が手のひらに食い込むくらいに拳を握りしめ、
「あの、理事長室に伺っても！？」
　せめて手がかりだけでも欲しい。
　理事長室へ向かおうとする露草に、同じく職員室で情報収集をしていた蒼留人が声をかけた。
「あの、理事長探しに？」
　キッ、と鋭く振り向く露草。顔の造作が良い分、こういう時には迫力が出る。
「……ええ。あなたも？」
「俺も、先輩から頼まれて。良かったら、一緒に探しませんか？」
　ガッ、と。露草が食い気味に蒼留人の肩を掴む。
「ぜひ！　一緒に理事長を見つけましょう……！」
「あ、ああ……、はい」
　露草の表情と雰囲気は鬼気迫るもので、一緒にと言い出した蒼留人が少し気圧されるほどだった。
　ひとまず職員室を後にして、理事長室へ向かう。