時を奏でよ、オルゴール｜リアクション

時を奏でよ、オルゴール

【呼び声】

　エレノア・エインズワースは嗤う。それは表面的に邪のない微笑でありながら、犬飼未央はその裏に高慢と嘲りを覚えずにはいられない。
「飛び降り、ですか？　女の子が……？　先程から一体何のお話をされているんです？」
　ループより間もなく９分が経過する。未央はいまだ疑念を捨てきれずにいる。
「本当に……記憶は無いのかい」
「さて、よく分かりませんね。いいですか？」
　今は未央の手にあるオルゴールを差した彼女の細い指はやけに白く、艶めかしく映った。
　申し訳程度の装飾を施された簡素な小箱は、知らない曲を奏で続ける。きっかり１０分間で終わる、仕組まれた音楽だ。
「これが鳴りだした途端、顔色を変えたあなたに『本当にこのオルゴールを知らなかったのか』と問われ、直後『あの子が死を諦める何かを探そう』と言われ面食らい、以後訳も分からないままあなたの奇行に付き合わされている。これが私の認識する現状の全てですが？　はて、あの子とは？」
「……いいよ。もう。すぐに分かるから」
　演技ではないのか？　謀っているのでは？　そう思わせる胡乱さが彼女にはある。いくら正論ぶっても滲み出るのだ。未央はどうしても信用できなかった。
　未央の思考は時の巡りに近しくループへはまり込む。確かに繰り返しとはいえ、未央が行動を変えればそれに付随してエレノアの反応も変わってゆくのが必然だし、都度異なることが演じている証拠とはなるまい。
　がん、と鈍い衝撃音の後、少女が地へ叩きつけられる音が聞こえた。幾度となく耳にしたが、未央は決して慣れなかった。
「おや？　一体何の音で」
　オルゴールの音色は途切れ、時はゼンマイを巻き直すがごとくに戻る。

「へえ？　では貴方は、時のループに閉じ込められていると？　ふふ、それはそれは。興味深いこと」
　１０分間が繰り返されるたび、エレノアへ一から話して聞かせるのは辟易とする。
　もうそろそろいいのでは、とも思う。彼女に記憶があるにしろないにしろ、どのみち行動するのは未央なのだから。
「なるほど。ではオルゴールを破壊するのは？　最も手っ取り早い解決策では？」
「試したさ。けど、壊れない。何をやってもね、君もさっきは納得していたけれど」
「あいにくと、私がこれに触れるのは初めてです。へえ、なるほど、これは異常な硬度ですね。分解も破砕も、一切を受け入れず。神魂の影響ですか」
　物珍しげにオルゴールをいじくり回すエレノアの表情に、ウソは感じられない。そろそろ信用しても良いだろうか。しかしどこか、何か……未央の胸はざわついた。
「その女の子とやらに、直接頼んで見ては？　お願い死なないで～っ、とね」
「それも試した。一応の意思の疎通は可能だけど、聞く耳は無かったな」
「では、話を聞かせるための何かを見つけ出す必要があると、そういうことですか」
「そうだね。でもあの子の興味を惹けそうな代物なんて、これまで一つも……」
「おや。これは？」
　脈絡もなく、未央の意識の外において、エレノアはそれを拾い上げた。
　紙切れだ。小じゃれた意匠の、おそらくは手帳か日記帳の一部だろうか。
　一体どこから？　繰り返す１０分の間に明確なヒントを見つけたのは、これが初めてのことだ。
　なぜこのタイミングで？
　彼女が？
「……何が書いてあるんだい」
「後悔」
　振り返った彼女に、未央はかねてよりそこへ抱いていた印象にひとつの言葉を当てはめた。
「少女は悔いているのですね、深く深く。はたしてこれが本当に時の牢獄ならば、これこそが鍵の一つとなるのでは？　ねェ、犬飼君？」
　魔女と。

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