思えば自分は、十分に償ったといえるだろうか。
法に裁かれるほどの罪を犯した覚えはない。それは未然に防がれた、しかし少なからず人を傷つけたこともまた確かだ。改造釘打ち機で穿った彼の手のひらに、痕は残っただろうか。家族を失った絶望を黒く上塗るような仕打ちをしてしまったあの少女は今、健やかに過ごしているだろうか。少なくない年上の友人たちとの交流が、あの子を癒していると信じたい。
しかしどう取り繕おうと、どんな言葉で己の心を納得させようと、罪は罪。そういうことなのかもしれない。
でなければ目の前に繰り広げられるこの光景を、どうして説明できるというのだろう。
オルゴールの音色が連なる。やっぱり知らないメロディだ、と
犬飼 未央は頭の片隅で呆けたように考えた。
未央が覗く窓の向こうを、少女は落ちていく。壁を滑るように落下し、激突した室外機に緩やかな回転を与えられながらやがてコンクリートへ失墜し、柘榴めいて自らを解放した。
美しい少女だった。ほんのわずかな邂逅の瞬間に、目が合った。吸い込まれそうな瞳は泣き濡れていたようにも思える。なにしろ一瞬だから、確信は持てなかったが。
少女の落下を見送るのは、これで何度目だろうか。十をこえたあたりでひどい虚無感に襲われ、数えるのは止めてしまった。
ループするのはおよそ10分ほど。おそらくは少女の死の直前、最後の生を繰り返しているのだろう。
そしてきっと、未央が何らかの答えや方策を見つけ出すまで、ループが閉じることはないのだろう。
「ふふふ……さて、楽しくなってきましたね?」
エレノア・エインズワースは嗤う。未央の肩は花が萎むように縮こまった。
所用のため本土から寝子島へ訪れたのは、未央自身の意思だ。帰りがけ、何とはなしに
シーサイド九龍の近くへ足を伸ばしたのもまた。
そこでエレノアと出くわしたことも、おそらく偶然だろう。
しかしながらお茶でもご馳走するからなどともっともらしい理由をつけ、半ば強引に雑居ビルの中へと引き込んだのは彼女だ。
導かれるまま階段を登るさなか、朽ちかけたビルの壁の亀裂に食い込んでいたオルゴールをつい手に取ったのは未央だが、もしかしたら彼女はそれがそこに在ることを知っていたのかもしれない。
蓋を開けば流れ出す儚いメロディを呼び声として繰り返される10分間を、彼女は知っていたのかもしれない。
「本当に……君はこのオルゴールを、知らなかったんだね?」
「ええ、もちろん。たまたまですよ、ここへ来たのは。私はただ、貴方と旧交を温めたかっただけですから」
少なくとも、エレノアは巧みだ。彼女の言葉が真実か否か、今のところ未央に確かめる術は見い出せない。
あるいは、かつて未央が絵図を描いた拙い復讐劇が引き起こした事件の記憶を無遠慮にも掘り起こしたかったのかもしれないし、またあるいは……今さらながらに未央を、私的に断罪する算段かもしれない。
生々しい血だまりに見慣れるほどの死を目の当たりにしても、少女が屋上から身を投げるのを思い留まる気配はないし、オルゴールの音色が途絶える瞬間も訪れはしない。
いずれにしても、行動せねばなるまい。
「とにかく、探そう」
「探す。何をです?」
「あの子が死を諦めるための、何かを」
エレノアはやはり、嗤った。
未央のため息は深いが、彼女がそれを意に介する様子はない。
オルゴールが歌うのは少女の思い出か、はたまた未央の自責か。
あるいは狡猾な魔女の、悪辣なる戯れなのか。
墨谷幽です、よろしくお願いいたします~。
今回は、エレノア・エインズワースさんのプライベートシナリオとなっております。
エレノアさん、ご指名いただきましてありがとうございました!
ご参加の際はガイドのイメージに関わらず、ご自由をアクションをおかけくださいませ~。
このシナリオの概要
エレノア・エインズワースさんと、NPC犬飼 未央の交流(?)を描きます。
<犬飼 未央の登場シナリオ>
『黒い指先 ――三つ目の願い――』
『6月の雨の中』P16、P7
など
※過去のエピソードなどをもとにしたアクションをおかけになる場合は、
該当リアクションのページのURLをご提示くださいませ。
※ただ、墨谷はリアルタイムで上記のシナリオに触れておらず、
あまり細かな部分までは対応し切れない可能性が高いです。
あらかじめご了承いただけましたら幸いです。
エレノアさんと犬飼くんは、シーサイド九龍を訪れた際、不思議なオルゴールを見つけたことで、
10分間の時間を延々とループすることになってしまいました。
どうやらこのオルゴールの持ち主であった少女の存在が、この現象に関わっているようなのですが……。
犬飼くんと協力し、この現象を解決して脱出を図る。
あるいは現象にかこつけて、犬飼くんにちょっかいをかける。
などなど、自由にお楽しみください!
情報
・オルゴールは音色を聞いた者を、時間がループする空間へ閉じ込める性質があるようだ。
影響する範囲は、シーサイド九龍を丸ごと網羅する程度。
・オルゴールの演奏時間は、10分間。
演奏を終えると、時間が巻き戻り、再び最初から演奏を始める。
・時間が巻き戻っても、ループ空間内にいる者の記憶は保持される。
ただし、オルゴールの持ち主は必ずしもその限りではない。
・オルゴールの持ち主は、小柄な美少女。
(年齢や格好、立場などは自由に設定可能)
・少女は10分間の間に、シーサイド九龍をゆっくりと登っていく。
演奏が終わる直前に屋上へ到達し、身を投げる。
・少女は亡霊であり、直接触れることはできないようだ。
意思の疎通は可能。
・ループ空間にとらわれたシーサイド九龍には、少女の過去にまつわる品が散逸している。
これらを見つけることが、現象を解決する鍵になると思われる。
NPCについて
◆犬飼 未央
◆ルクス
幽霊犬のルクスは、相変わらず未央に付いていますが、
実体化しなければエレノアさんには見えません。
以上になります。
上記の内容はさておき、プライベートシナリオですので、
あれこれ自由にアクションをかけていただいて大丈夫です。
それでは、ご参加をお待ちしております~!