【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――｜リアクション

【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――

　北校舎の二階の廊下を巫部紫苑が一人で歩いている。背負うバックパックは相当に大きい。山小屋に食料や物資を運ぶボッカを思わせた。
　それでいて笑みを湛えている。赤い舌先で下唇を舐めた。
「立食パーティーが楽しみです。美味しい料理を頭に浮かべるだけで……」
　ふふ、と控え目に笑った。家庭科室が近くなる。
「食べてばかりだと悪いので。それに自分で作れば食べたいものをお腹いっぱい食べられます♪」
　大きな胸を弾ませて家庭科室のドアを開けた。すでに調理は始まっていて室内は良い香りに包まれていた。
「おはようございます」
　紫苑の挨拶に一同が手を止めた。少し反応が遅れて個々が挨拶を返す。ほとんどの者が紫苑のバックパックを驚いた目で見ていた。
　本人は気にすることなく出来上がった料理を見て回る。
「これは鶏の唐揚げですか」
「そうだよ。こっちはフライドポテト。気軽に食べられるのがいいよね」
「そうですね。口の中をさっぱりさせる、マッシュポテトは私が作ります」
　微笑んで隣の料理に目を向ける。まあ、と声が漏れた。
「ステーキもあるのですね。豪勢ですねぇ」
「ちょっと奮発しちゃった。焼き方を工夫してレアとミディアムの二種類を提供するよ」
「ソースのバリエーションが増えそうですね」
　一通り見ると紫苑はテーブルの空いたところに落ち着いた。背負っていたバックパックを下ろし、次々と食材を取り出す。
「まな板と包丁をお借りします」
「他にも調理器具はあるから必要な物を選んで使ってね」
「ありがとうございます」
　隣でピーラーを使っていた女子が、これ、と紫苑にパン切り包丁を差し出した。
「わかりますか」
「うん、だってパンにレタスやトマト、それに卵もあるし。白いのはモッツァレラチーズでしょ。そしたらサンドイッチだよね」
「その通りです。手順を減らす為に卵は茹で卵にしてきました。チーズはトマトと合わせて一口サイズのカプレーゼを考えています」
　にっこり笑うと調理を始めた。ジャガイモの皮を手早くナイフで剥き、軽く水で湿らせてラップに包む。同じようにして十数個を纏めてレンジに入れた。
　加熱している間にパンの耳を切った。何かの塔のように高々と積み上げる。耳の部分は甘い味付けを施し、油でカリカリに揚げた。
　ゆで卵は包丁で荒めに切った。ボウルに移して手作りのマヨネーズと合わせる。塩と胡椒はミルを使った。溶かしバターはパン生地の一面に塗り、完成した具を載せて挟む。
「味見ですね」
　サンドイッチを吸い込むようにして食べた。
「もう少し塩を効かせてもいいかもしれませんね」
　レンジが軽やかな音を立てた。出来たジャガイモを別のボウルに入れてマッシャーで満遍なく潰す。サンドイッチに使ったマヨネーズと塩を使い、オリーブオイルと馴染ませた。更に牛乳を加えて整える。
「これも味見です」
　口いっぱいに入れて笑みを浮かべる。
「あれが味見？」
　その量に周囲の何人かの手が止まった。
「隠し味にニンニクを入れましょう」
　名案とばかりに紫苑は手を合わせた。
「卒業に相応しい桜餅も良いかもしれないですね」
「家で炊いてきた赤飯で代用できるんじゃないかな」
　正面にいた女子の言葉に、採用です、と紫苑はにこやかに返した。