【バレンタイン】ホワイトチョコレート・アイランド｜リアクション

【バレンタイン】ホワイトチョコレート・アイランド

◆その雪が止む頃。

　ようやく雪が止んだようだと、赤レンガの駅舎の前で志鷹若菜は、ほっと安堵の息を吐いた。一面が白に染まった雪景色は、見ている分には良いのだけれど、その中で動き回るのはなかなかに難儀する。
　とまれ無事について良かったと、若菜は辺りを見回しながら考えた。今日ばかりはこの約束を――『彼』との大切な約束を、諦める訳にはいかなかったのだから。
　若菜が休暇の14日に会おうと彼、つまり若菜の恋人から連絡が来たのは、一週間前の事だった。数ヶ月に亘る紛争地での活動を終えた彼が、ついに帰国したのだ。
　そんな彼からの待ち侘びた連絡に、もちろん若菜に否があろうはずもなくて。約束の日の今日、思いがけない大雪にハラハラしながらも何とか無事に、待ち合わせの東京駅に着いたのだった。
　さて、ところで肝心の恋人の方は、無事にやって来れるのだろうか。ちら、と時間を確認して心配に眉を曇らせかけた、若菜の耳にふいに響いた懐かしい声に、彼女は弾かれたように顔を上げた。
　その眼差しの先で――懐かしく愛おしい、恋人が若菜に微笑みかける。

「ただいま」
「――お帰りなさい」

　そんな、短いながらも万感の想いの籠った言葉を交わし、彼の自宅へと向かって歩き出した恋人達から、遠く離れた寝子島の空を見上げて志鷹佑都も、ようやく止んでくれたか、と疲労と安堵の息を重く吐いた。雪は、殊に佑都の様に救急医療に関わる者からすれば、あまり嬉しいものではない。
　今日は朝から積雪による怪我や事故で搬入された患者の対応に追われていて、猫どころか犬でもネズミでも何でも良いから手を借りたいほどに忙しい。雪が止んだら止んだで、外出する人も増えるし、気温が上がれば雪が解けて滑りやすくなるし、これからまだまだ忙しくなるだろう。
　それでも一区切りが見えた気がして、ほっと息を吐いた佑都は僅かな休憩を終えて現場に戻る。――東京の方は、雪はどうだったろうか。
　とはいえ、雪はやはりどこか心躍るものだと鴻上彰尋は窓の外を見ながら思う。それとも、これからの約束を想って緊張したり、そわそわしたりする気持ちが、そんな風に見せるのだろうか。
　どちらとも解らなかったが、多分、どちらでも良い事だった。今の彰尋にとって大切なのは、これからやって来る待ち合わせの相手、七夜あおいに用意してきたプレゼントを渡すことなのだから。
　喜んでくれるだろうか、用意してきたプレゼントの入った紙袋の重みを感じながら、彰尋は甘い物思いにふける。そうしながらつい思い出すのは、先日、彰尋の為に家族の分にもと、チョコレートのホールケーキを作ってくれたこと。
　残念ながらあまり料理が得意ではないというか、熱意に結果が伴わない事が多いあおいだけれど、そんな彼女があの日、とても真剣に、彼女なりの精一杯で作ってくれた。その事実と彼女の気持ちが、彰尋にはとても嬉しかったのだ。
　だから、そんなあおいへの想いがますます深く強くなったのは、彰尋にとって当然の帰結だった。そうしてどんどんと大きく膨れ上がった気持ちをだから、自分も伝えたくなったのだ。
　その衝動をあおいとの約束の3月まで待つ事も、どうにも出来そうになかった。ゆえにその想いを一杯に込めて作ったバレンタインプレゼントを渡そうと、準備してきた彰尋である。

（喜んでくれるかな）

　また幸せに考えながら、時計を見る。待ち合わせの時間まで、あと3分。

このページにイラストを設定する