【バレンタイン】ホワイトチョコレート・アイランド｜リアクション

【バレンタイン】ホワイトチョコレート・アイランド

◆決戦の日が訪れた。

　ついにバレンタインの日が訪れた。――訪れて、しまった。
　桜花寮の自室の窓から雪降る朝を見つめながら、羽生碧南はそれをしみじみと噛み締めた。スマホで日付を確かめても2月14日、紛れもないバレンタイン・デー。
　そう、今日は『決戦の日』、なのだが、しかし。

（……今日こそ告白出来る、かな）

　緊張と期待と不安と諦め、そのすべてを見事に表現した何とも言えない表情で、碧南は通学カバンをちらっと見た。そこにはもちろん、片想いの相手である鷹取洋二へと渡すべく用意した、駄菓子チョコの詰め合わせが入っている。
　洋二にチョコを渡せるのは、今年が最後かもしれない事は解っていた。何しろ彼は3年生、卒業の時はもう間近に迫っている。
　だから、告白するならもうチャンスは少なくて。何なら、今日が最後のチャンスだったとしてもおかしくはなくて。
　なのに――自分の不甲斐なさを思い、碧南はため息を吐きながら登校の準備をする。我ながら情けない、とまたため息。
　今日こそは告（い）えるだろうか、また考えながら寮を出た。雪を踏む自身の足音を聞きながら、真白の街を歩んでいく。
　――洋二は碧南から見て、少し……というか、結構変わっているところのある先輩だった。そんな彼との関係は、最初はただの気の合う先輩後輩同士、のはずだったのだ。
　それなのに。

（まさか……恋心を抱くことになるなんて！）

　あぁぁぁぁ、と碧南がもう何度目か自分でも忘れた悶絶をしながら歩く雪の街を、鴻上彰尋も滑らないよう気を付けながら歩いていた。と、メールの受信に気付いて足を止め、スマホを取り出して画面を見る。
　そこに表示されていたのは、待ち侘びたメールが来た、という通知だった。お昼休みか放課後に会いたくて、あらかじめ予定がないか七夜あおいにメールで確認していた、その返事が来たのだ。
　それによるとあおいは、放課後は野々ののこと友チョコを配る約束があるので、昼休みの方が都合が良いという話だった。それに手早く了承と待ち合わせの場所を提案する返事を打って、彰尋は再び歩き出す。
　さく、さく、さく、さく。
　雪を踏みしめながら辿り着いた寝子島高校2年3組の教室で、彰尋は先に来ていた佐藤英二に挨拶した。

「おはよう」
「おはよう。雪、積もったな」
「な。滑らないように歩くの、大変だった」

　そんな他愛のない会話をしながらも、今日ばかりは2人の、そして他の多くの生徒達の意識は別の――そして結局は同じ所にある。バレンタインデー。男子も女子もソワソワする1日。
　そうだ、と彰尋は先ほどあおいから教えてもらった話を思い出し、英二へと共有した。

「そう言えば、今年も野々さんがチョコを配るみたいだよ」
「……！！　あ、うん、そうなんだ」

　その言葉に英二はちょっと息を呑み、すぐに何でもないような顔を取り繕う。気付かれなかったか、ちらっと辺りの様子を窺うが、特に変わった様子はない。
　それに、ほっと胸を撫で下ろした。――そうか、とたった今聞いた情報を脳内で反芻する。

（今年も野々さん、友チョコを配ってくれるんだ）

　うん、と小さく独り、頷いた。友チョコという事はつまり、あくまでもそこに何らかの甘い感情は存在しない訳だが、チョコはチョコだ。
　そうか、とまた頷く。何でもない風を装うその表情は、だが見る者が見れば仄かな喜色が滲んでいるのが、判ったかも知れなかった。