【バレンタイン】ホワイトチョコレート・アイランド｜リアクション

【バレンタイン】ホワイトチョコレート・アイランド

◆まだ夜は終わらない。

　『バレンタイン・プリンセス・ビュッフェ』を心行くまで楽しんで、志波拓郎と高梨彩葉はホテル『ステッラ・デッラ・コリーナ』を後にした。バレンタイン・コーディネイトの衣装を借りたお店まで戻って着替えると、もう辺りは真っ暗だ。

「楽しかったねー」
「うん、うん……楽しかった……！」

　そう話しながら歩いていたら、寮の前まではあっという間だった。帰って来たねー、とどこか旅にでも出ていた気分で呟くと、拓郎が物問いたげな、物寂しげな表情になる。
　そんな恋人の様子に、ふふ、と彩葉は悪戯に微笑んだ。今日1日、ずっと期待させてばかりだったから、そろそろ渡さなきゃな、と思う。
　そうしてカバンから取り出したのは、ラッピングした箱だ。中身はもちろん、拓郎へのバレンタインチョコとして用意した、手作りのクルミ入りガトーショコラ。
　前はハートのチョコレートだったから、今回は趣向を変えてケーキ系を作ってみた彩葉である。そうして実はデートの間中ずっと、鞄の中に入れて持ち歩いていたのだった。
　そんな彩葉の手の中の箱に、拓郎が敏感に反応する。

　あれはもしかして、とそわそわし始めた恋人に、ふふー、とにっこりして。

「拓郎、はいこれ」
「ありがとう……！」

　チョコの入った箱を拓郎に手渡した彩葉から、手渡された拓郎は貰ったチョコを大切に両手で持って、満面の笑みでお礼を言った。今日1日、ずっとそわそわしていただけに、その喜びもひとしおだ。
　そんな拓郎の眩しい笑顔に目を細め、彩葉もまた嬉しそうに微笑んだ。拓郎に喜んでもらえたようで良かったと、心から思う。
　ゆえに互いに見つめ合い、甘く微笑み合った恋人達が「それじゃ、お休みなさい」とようやく寮の中へ入った頃、遠く離れた東京の空の下では志鷹若菜が恋人と、久しぶり過ぎる逢瀬をしっとりと過ごしていた。
　お互いの仕事や、彼の行っていた現地の様子についてなど、話したい事、聞きたい事は互いに沢山あった。だからその思いのままに、気の向くままに言葉を重ね合っているうちに、あっという間に時が過ぎて行く。
　そうして――ふと話題が途切れたその時に、あの、と若菜は彼に尋ねた。

「傷を……見せてもらっても、良いですか？」
「……ああ、良いよ」

　そんな若菜に少し考え込んだ後、頷いて彼は上衣を脱いだ。次いで下履きも脱ぎ、若菜の前に見事な裸身を晒しながら肩を竦めて「気持ちの良い物じゃないよ。――言うまでもないだろうが」と言った、表情は気遣わしげだ。
　そんな彼の言葉に解っていると頷いて、若菜は前もって聞かされていた彼の傷をゆっくりと見つめた。一番目立つのは右の額からこめかみにかけての縫合痕だが、他にも右側を中心に腕、肩から腿にかけては縫合痕の他、熱傷、裂傷の痕まである。

（――いったい、どれほど過酷な状況だったんだろう）

　これほどの傷を負いながらも命が助かった奇跡と、逞しい肉体に刻まれた数多の爆撃の痕に言葉を失い、涙が溢れた。この身体に残された傷以上に、深く傷付いた彼の心を想う。
　沈鬱な沈黙が、小さな部屋を静かに満たした。カチ、カチ、カチ……時計の音が妙に大きく響くのに、2人静かに耳を澄ませる。
　リビングを柔らかく照らす橙のランプががなぜか眩しく感じられると思いながら、若菜は意識して心に落ちた陰から意識を逸らした。グラスを用意すると、恋人にウィスキーと手作りのブラウニーを用意する。
　丁寧に切り分けたブラウニーを見て、彼が軽く目を見開いた。

「手作り――かな。これは若菜が？」
「行きつけのカフェの店主の方から、アドバイスを頂いて作ってみたんです」

　彼の疑問に頷いてそう言った若菜に、へぇ、と彼が嬉しそうに笑って見せる。それに、若菜もほっと笑顔を浮かべた。
　時刻は夜22時。互いの浮かべた笑みの中に、酒精の力も相まって、大人の色合いが濃くなっていく。

このページにイラストを設定する