ありがとうの伝えかた｜リアクション

ありがとうの伝えかた

　紅く咲く山茶花の垣根の脇を自転車で駆け抜ける。
　頬に触れては離れる北風に温かな息をひとつ零して、宮祀智瑜は自転車を漕ぐ力を緩めた。
　雪を降らせそうなほどに低く垂れていた雲は気づけば風に吹き払われ、見上げる空は薄曇り。薄墨の雲に透けて、薄青の空が見えた。
　旧市街からシーサイドタウンへと続く橋を渡る。通学路から少し逸れた住宅地を自転車で少し走れば、普段から仲良くしているひとたちの住む家はもうすぐだ。
「あっ、ちゆー！」
　角を曲がったところで元気いっぱいの声をかけられ、思わずブレーキをかける。
　細い道の先、古びた石塀の前にしゃがみこんでいたおかっぱ頭の幼子が顔いっぱいに笑みを湛えて両手を振っている。その隣には、竹箒を手にした着物姿の少女。
「こんちゃん、夕さん！」
　自転車から降り、ふたりのもとへ押して近づく。石塀に寄せて自転車を停め、智瑜は朗らかに笑った。

「こんにちは！」
「はい、今日は」
「こにちわ、ちゆ！」
　静かに微笑む夕の足元、こんが立ち上がる。
「見て、ちゆ！　ねこさん！」
　はしゃぎながら指し示すのは、アスファルトに白墨で描いたたくさんの猫のらくがき。みんなでプールのようなものに浸かっているようにも見える。
「ねこさん、温泉に入ってるね」
「うん！　ねこおんせん！　このねこさんがちゆ、こっちがこんとたまと夕！」
　傍に屈みこむ智瑜の手をぎゅっと取り、こんはぴょんぴょんと跳ねた。
「折角ですし、お茶でもどうですか」
　道路の一角に集めた枯葉をちりとりに取りまとめつつ、夕が言う。
　前庭から道路に零れ落ちた枯葉をゴミ袋に入れるのをさりげなく手伝いながら、智瑜はこくりと頷いた。
「今日は相談があって来たんです」
「あら、コイバナですか？」
　くすりと笑う夕に、智瑜は思わず頬に熱を昇らせる。黒髪を揺らして首を横に振れば、智瑜の服の裾を握ったこんが不思議そうに首を傾げた。
「もうすぐ日暮さんの誕生日だから、サプライズの誕生パーティーをしたいんです」
「誕生日？」
　ゴミ袋と竹箒を玄関脇の物置に片付け、立ち話もなんだからと智瑜を家の中へと招き入れて、夕は小さく首を捻った。そうしてから、ああ、と頷く。
「うちとあのひとが寝子島に来てもう一年経つんやね」
「え？」
　今度は智瑜が首を傾げる。ところどころ音の鳴る古い家の廊下を渡って奥の座敷へと進む間に、夕は何でもない口調で話す。
「うちもあのひとも、まあなんやかんやあって記憶が歯抜けなんです。歯抜けどころか、ほとんどまっさら言うてもええんですけど……」
　さらりと言ってくすりと笑う。
「せやから、あのひとの言う『誕生日』は、うちとあのひとがこの島に来た日付やと思います。きちんとした日付ではないんやろけど」
「そう言えば、豆まきしていたのをよく覚えている、って」
　呟く智瑜を大広間の端を衝立で囲って作った小さな居間に通し、真ん中に据えた炬燵に誘う。熱いお茶と蜜柑、木製の器に盛った茶菓子でもてなしながら、夕は仲良くしている少女に改めて笑いかけた。
「それで、さぷらいず？　ぱーてぃ？　言うんは何するんですか？」
「こん、知ってる！」
　夕と日暮の事情に優しい黒い瞳を伏せる智瑜の膝に、こんがにじにじとよじ登ってきた。炬燵の中に潜り込んでいたらしい黒猫の珠も一緒だ。
　智瑜の膝にちょこんと座り、こんは得意顔をする。
「さぷらいずぱーてぃ、この前テレビで見た。くらっかーぱーん！　おっきなケーキどーん！　それでそれで、みんなでおめでとー！」
　両手をバンザイの格好にしてキャアと笑い、勢いで智瑜の膝から転げ落ちてはまた声を上げて笑うこんの頭を智瑜はごしごしと撫でた。
「ケーキとか、日暮さんの好きな料理を作りましょう」
　自分も撫でろと掌に小さな頭を擦りつけてくる珠の猫耳の頭も撫でてやり、夕に微笑みかける。
「プレゼントも、皆で一緒に選びたいなって思ってます」
　そのために、バイトして貯めたお金を用意している。誰かのための贈り物は、祖父母から貰うお小遣いからではなくて、自分で働いたお金を使いたかった。
「日暮さん、今日は夕方までうちでバイトだから、良かったらこれからお店巡りしませんか？」
「ええですね」
　ぱちん、夕は華やいだ声で両手を合わせて立ち上がる。上着を取ってきます、とぱたぱたと廊下を足早に駆けて行く夕の目元が、ほんの少し赤くなっているようにも見えた。瞬きをする智瑜の耳元、あのね、とこんが唇を寄せる。
「夕、すごくすごく、すごーくうれしいんだよ」

このページにイラストを設定する

ありがとうの伝えかた

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧