ありがとうの伝えかた｜リアクション

ありがとうの伝えかた

「ほな、行ってきます」
　店の方から配達に出る日暮の声が小さく聞こえて、智瑜は自室の机の引き出しを開けようとしていた手を思わず止めた。
「ハイ、行ってらっしゃい！」
　うっかり硬い声で返事をしてしまってから、知らず赤くなった頬を掌で擦る。
(大丈夫、日暮さんは私の部屋には入ってこない)
　だからこそ、サプライズパーティの今日の今日まで、プレゼントの隠し場所にしていた。
(バレてないバレてない)
　自分で自分に言い聞かせつつ、最後の準備に取り掛かる。今日のため、祖父母も協力してくれている。配達を多めに入れてくれているから、万が一にも日暮が早く家に帰って来ることはない。
(日暮さん、ごめんなさい)
　いつもより多い配達量に疲れてしまいそうな日暮に心の中で手を合わせ、智瑜は鞄の中に誕生日プレゼントを大事に仕舞う。サプライズパーティに必要なものはこれで全部。あとは昨日焼いて冷蔵庫で寝かせていたスポンジケーキと、祖父母が用意してくれたフルーツをこんと夕が待つ家に持っていくだけ。
(お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、フルーツ多めに用意してくれてた)
　味見用に、と悪戯っぽく笑っていた祖父母の顔を思い出し、智瑜は頬を緩ませる。
「うん、……よし！」
　忘れ物がないかもう一度確認し、台所に寄ってケーキの材料も保冷バッグに仕舞い、店番をしている祖父母に声を掛けて家を出る。
　出掛けに祖父が教えてくれた日暮の配達ルートと鉢合わないように気を付けて、シーサイドタウンにある日暮の家に自転車で向かう。
　頬に触れる北風さえもなんだか悪戯っぽく笑っているように思えて、智瑜は黒い瞳を細めた。
「ちゆー！」
　玄関先で待ち受けていたこんと珠に迎え入れられ、手を引かれて座敷に入る。割烹着姿の夕にケーキの材料を預けて、まずは部屋の飾りつけ。
　鞄に入れてきた折り紙と風船を出し、きらきらと目を輝かせるこんと一緒に折り紙にメッセージを書き込む。
「こんが！　こんが書く！」
　こんが張り切って書いた『日暮さん、誕生日おめでとう！』の文字はなかなかに味わいのある、踊っているような文字だった。
「日暮さん、きっと喜ぶよ」
　折り紙に書いたメッセージを壁に貼り付けた後は風船をありったけ膨らませて、これも部屋の飾りつけ。衝立で囲った小さな居間に溢れかえる色とりどりの風船に、黒猫の珠は大はしゃぎ。
「珠、風船を割っちゃダメですよ」
　珠にそう言い置いて、智瑜とこんは夕の居る台所に向かう。用意するのは日暮が好きだと夕が言った和食中心のご馳走。筑前煮に風呂吹き大根、鰤の照り焼き。
「パーティのごちそう……」
　食卓の端っこで首を捻るこんの尖がった唇に味見用の苺を放り込み、智瑜がじゃじゃんとばかりにスポンジと生クリーム、それからたくさんのフルーツを広げてみせれば、こんはたちまち笑顔になる。
「こんちゃん、チョコペンでメッセージ書きますか？」
　バレンタインが近いおかげで、お菓子の材料はどこのお店にいってもたくさんあるのがありがたかった。
　フルーツの味見をしつつみんなで飾り付けたケーキは、真っ白な生クリームの上に色とりどりのフルーツが山盛りに飾られたとっても豪華な逸品。
「おいしそう！」
「心を込めて作りましたから」
　ご馳走を居間の炬燵に並べ、
「そろそろ帰ってくるかもしれません」
　そう言う夕の言葉を合図にこんと智瑜は衝立の影に、珠を抱いた夕は押入れの中に隠れる。思わず笑ってしまいそうになるのをこらえているうち、カラリと玄関の戸が開く音がした。

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