２月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

２月の☆ハッピーバースデー

●夢と感情の狭間に

　北里雅樹は京都にやってきていた。
　観光ではなく、大学の入試試験を受けるために。そして２日間にわたる試験を終えて、どこかへ寄り道する気力もなく安いビジネスホテルのベッドに倒れ伏す。
　頭も体もクタクタで、もう動きたくない。それほど消耗していた。

　志望校は京都にある大学の理学部。
　自己採点したところ、かなりの手ごたえを感じたのでたぶん大丈夫だろうと雅樹は考えている。ふだんはヘラヘラしている雰囲気の彼だが、さすがに入試前後の緊張感は相当なものがあったのだろう。
　ホテルの部屋に帰り着くなり、こうしてベッドに突っ伏してしまった。そして疲れと緊張から、そのまま眠り込んでしまった。

　眠りについた雅樹は夢を見た。いくつかの夢。
　幼馴染で、元カノで、腐れ縁の……椎井莉鳥のこと。
　莉鳥が16歳の誕生日を迎えた夜。それから去年の月夜のナイトプール。
　あの日プールで経験した出来事が鮮明に映る。

　場面が変わる。
　莉鳥が16歳の誕生日の夜を境に、突然留年した。
　理由は分からない。彼女は期末試験を放棄した。
　雅樹は試験を受けるように説得したが、莉鳥の意思は変わらなかった。

　再び場面が変わる
　神社の赤い鳥居がみえる。今年の正月に訪れた光景だ。
　賽銭を投げ込み、大学に受かるようにと手を合わせた。
　そして人波を避けた場所で感情が止まらなくなり――莉鳥に出会った。

　唐突に目を覚ます。

「……夢？」

　心拍が激しい。雅樹は呼吸をどうにか整える。どれも覚えのある内容で、夢だったと断言するのに少し時間を要した。備え付けの時計を見ると２月２７日の朝の7時くらいだった。

（昨日ベッドに横になったあと、そのまま眠ってしまったのか……）

　眠気が少しずつ引くと同時に、意識がはっきりしてくる。

（２月２７日……椎井の誕生日か……）

　雅樹は大きなため息をついた。

（あいつの誕生日だから、こんな夢を見たのか？　……勘弁してくれ。わけがわからない。なんで俺はまだ……。全然わけが分からない……）

　　　＊　　　＊　　　＊

　椎井莉鳥はジリジリと炙られるような暑さのなかで目が覚めた。

（今は冬のはずなのに）

　そう思いながら布団を蹴り飛ばす。オレンジ色のタンクトップと下着姿が露わになる。莉鳥はそんなことを気にせず、ベッドの上でのろのろ上体を起こす。まだぼんやりとした頭で、ショートヘアをくしゃくしゃ掻きまわす。
　枕元のスマホに手を伸ばし、時間を確認する。

（２月２７日、午前１０時過ぎ……１０時過ぎ！？　遅刻……！！）

　その表示に慌ててベッドから飛び起きる。
　しかしすぐに今日が日曜日であることに気づき、安堵する。部活も無い日なので、心配はいらない。

「よかった……」

　そう呟くとふたたびベッドに横たわる。
　昼過ぎくらいまで二度寝しようとうつ伏せになった。けれども、その眠りは快適とは程遠かった。

　断片的な夢を見た。
　１６歳の誕生日を迎えた夜のこと。去年のナイトプールのこと。
　そこで元カレの雅樹とどう過ごしたのか。

　夢は切り替わり、今年の正月に見た光景が映る。
　寝子島神社に続く石段。そして赤い鳥居。
　賽銭を入れて願った内容。細切れにも拘わらず、鮮明に視界を巡る。
　そして人波を避けて移動した先で――雅樹に出会った。

「はぁ……はぁ……」

　目が覚める。息が荒く、汗もひどい。

（なんであんな夢を見るの……！　冗談じゃない！　あいつとはもう終わったの！　終わった……もう終わったんだ！　なのに、どうして忘れられない？どうして忘れさせてくれないの？）

　先ほどのことは夢のなかの出来事。
　それは分かっているが、実際にあったことばかり。

（神様……あなたは本当に残酷……だわ……！　忘れさせてくれないのなら、せめて……せめて……！）

　言葉にならず、莉鳥はベッドに突っ伏して泣いた。

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