ことのはあそび　～春隣～｜リアクション

ことのはあそび　～春隣～

●大好きな人

　五十嵐尚輝先生を、異性として意識し始めたのはいつ頃だったか。
　化学の授業を受けている御巫時子は、実験道具を用意しながら、ふと考えた。
「準備はできた班から、実験を行ってください」
　ボサボサ頭、汚れた白衣、ぬぼーとした表情。
　いつもビーカーでコーヒーを飲んでいるとか、実験室の窓の前にやってくる小鳥には熱心に話しかけている、という噂がある。
　そんな五十嵐先生に好意を抱くようになったのは、青い桜の花びらの騒動があった時だったかもしれない。
　騒動が一段落し、桜の花弁の分析をしている五十嵐先生は真剣そうだったのを今でも覚えている。
（尚輝先生の頭から顔を出していた鳥さんと、お話をしてみたかったです……）
　探してみたが、姿が見当たらなかったのが残念だった。

　ろっこんの暴走で幼児の姿になってしまった出来事では、3歳児な五十嵐先生を見ることができた。
　暴走が収まり元の姿に戻った時、手を握られたのには緊張したことも。
（あの時は、苦手なスポーツで、全力疾走した後のような疲労感でした……）
　その一件から、異性として強く意識するようになったのでしょうか。
　実験の説明をしている五十嵐先生を見つめながら、時子はそんなことを考える。

「……さん、御巫さん、実験の説明、聞いていましたか？」
　五十嵐先生にそう言われ、はっとなった時子は「は、はい……」と答えた。
　先生に心配かけさせてしまいました……と、ちょっと落ち込む。

　お昼休み。
　五十嵐先生は理科室にいるでしょう……と行ってみると、思ったとおり、そこにいた。
「尚輝先生、さっきの授業では考え事をしていて授業を聞いていませんでした……。すみません……」
　お詫びに、と差し出したのは、時子が作ったサンドイッチ。
「よろしければ、一緒にお弁当を食べませんか……？」
「食べてもいいんですか？」
「はい……」
　では、遠慮なく、と五十嵐先生はサンドイッチをひとつ取り一口。
「美味しいです」
「お口に合ってよかったです……」
　お昼時間が終わるまでは、束の間の恋人気分な時間を過ごす2人だった。

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