蒼い月の夜｜リアクション

蒼い月の夜

　万条幸次はぼんやりと住んでいるアパートの窓から夜月を眺めていた。

「今日の月はなんだか違うなあ」

　ぼんやりとしたままそんな風に呟く幸次。しかし、次第に様子が変わって来る。

「ん……何だろう？　何だか身体が熱くなってきたような……ううん、違う。急に身体を動かしたくなってきたんだ」

　いてもたってもいられくなくなったのか幸次はまだ冬だと言うのに半袖Tシャツと短パンで家を飛び出す。
　人々に寒さを与える風を切って走る、走る。
　走り出して直ぐは当然寒かったのだが、次第に熱が全身に回り然程気にならなくなってきたようだ。
　熱はまるでエンジンのように身体に動く力を与える。走って、立ち止まってを繰り返しながらどこまででも行けるような、そんな感覚さえ覚える幸次だった。
　ふと幸次が頭上を見上げてみれば蒼い月が必ず見える。まるで走る幸次を追いかけて来ているようにも見える。

「はぁ、はぁ、はぁっ。ここ、どこだ……？」

　息を切らせた幸次が立ち止まり膝に手を当てて呼吸を整える。
　辺りを見てみればどうやらシーサイドタウンの寝子ヶ浜海岸のようだった。

「さすがに限界だなあ……よく走ったよ」

　息を整えながら砂浜の方にまで歩いて行く幸次。流石に冬の海岸には誰の姿も見えない。誰もいない海岸はまるで幸次を呑み込もうとでもしているかのようなそんな不気味な雰囲気があった。
　しかし、熱に駆られている幸次には関係なく砂浜へと寝っ転がる。すると、目の前にいるかのように蒼い月を見る事ができた。

「……やっぱりもうちょっと動きたい」

　先程まで心底疲れた様子で息を吐いていたというのに、月を見た瞬間にむくりと起き上がって海へとダイブする。とはいっても、勿論奥の方まで行くわけでなくあくまでも波打ち際の浅瀬ではあるが。
　服が濡れてもお構い無しにただ遊ぶ幸次。冷たい水にはしゃぐその姿は完全に猫や犬のそれにしか見えない。
　そうして暫く海で遊んだ後、幸次は満足気に海から上がり再び砂浜へと寝っ転がる。

「あー、楽しかった。それにしても今日はどうしちゃったんだろうなー」

　普段とは違うテンション。それは何となく幸次自身にも理解できていた。だけど、何かおかしいとは思いつつもそれを止められずにここまで走って来て、海で遊んでしまったのだ。
　楽しかったのは間違いない。けれど、何故そんな気分になったのかは全く分からないのだ。何で走ろうなんて思ったのか、何で冬の海に飛び込もうなんて思ったのだろうか。ただ、分かっている事はとてもすがすがしい気持ちになったという事だけだった。

　そして、その翌日幸次は見事までに風邪を引いた。冬の夜にあんな恰好で外を走りまくった挙句に夜の海に入れば当然と言えば当然の話であった。
　すっかり上がった熱にうなされながら昨日の夜の事を考える幸次。面倒な事は極力したくない自分が衝動に駆られて昨日の夜みたいな事したなんて自分でも信じられない。
　あぁ、そうだ。今と昨日は何だか良く似ていた。熱によって現実感のない感覚を与えられていたと言う意味では。
　今は風邪による熱が身体を襲っているが、昨日の幸次を支配していた熱は何とも不思議なものだった。その後のすがすがしい気分を思うとあれも悪くはないなと思うけど、しかし、風邪を引くのはちょっとなぁと思う幸次であった。

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