蒼い月の夜｜リアクション

蒼い月の夜

　方向音痴な人と言うのは沢山いるだろう。しかし、楡宮遠海の方向音痴のレベルは相当なものだ。致命的と言ってもいいかもしれない。
　だが、流石の遠海も毎日通い慣れた通学路であれば、自然と道を外れて迷うという事はなくなってきたようだ。

「あれ？　今日の月は蒼い」

　ふと遠海が見上げた暗くなった空には確かに蒼く輝く月が存在している。
　ジッと見ていると何となく妙な違和感を遠海は感じたが、その正体ははっきりとはしない。首を傾げて再び歩き出そうとすると、突然胸の奥が弾けたかと思ったらいつもは感じない重みが肩からズシンときた。

「……え？」

　遠海が自らの制服に包まれた胸元を見ようとしてみると、そんなに視線を下していないのに直ぐに真ん丸くて張ってそうな何かがそこにあるではないか。しかもシャツがどう見てもパツンパツンだ。
　身長170センチと女子にしてはやや長身でありスレンダーな体型。そこまでは良いのだが、実のところ出るところまで全部スレンダーなのである。これは方向音痴と並ぶ遠海の二大コンプレックスであった。
　しかし、今やそのコンプレックスの元は消え去っている。いや、正確に言うと盛りに盛ったという方が正しい。

「ど、どうなってるの？」

　辺りが暗くなっている今でもはっきりと分かる程のボリューム。流石に具体的なサイズは分からないが、トップが90センチオーバーなのは間違いないんじゃないだろうかと遠海は推測した。
　慌てて近くの店のショーウィンドウに自分の姿を映しだしてみると、そこにいたのは最早別人と言っても良いくらいの遠海であった。

　胸が大きくなった事によってパツンパツンとなった上着は想像以上に印象が変わる。元々遠海は清楚なお嬢様と言った風貌をしているのだが、そこにセクシーさが加わり今までにない色気まで出て来てしまっている。
　良くは分からない。良くは分からないが恐らく蒼い月が何か関係しているのではないかと遠海は考えた。
　しかし、だからと言って事態が解決するかと言えばそうではない。何よりも今はまだ何も害はないのだから請求に解決する必要はないとも言える。
　そんな風に判断した遠海はそれならばと、ちょっと胸を張って歩く事にした。普段だとそんな事をしてもスレンダーな体型故にほぼ意味はないが、今は違う。ドーンと主張しそれでいて餅のように柔らかそうに震えたりする巨峰が堂々たる威風を見せているのだから。

「ふふ～ん♪」

　結構気分が良いようですっかり鼻歌交じりである。
　そうして暫くは機嫌良く歩いていたのだが、その内少しずつ遠海の表情が変わっていく。どうにも気になる、勘弁してほしいなというような気持ちである事が一目で分かる表情だ。

　と言うのも、先程からすれ違う人すれ違う人皆が遠海の胸に視線を突き刺しているのだ。
　しかも男達の大半からは何とも言えないピンクな視線が向けられており、とても胸を隠したくなってきていたり。
　そう言えばテレビでそんな話を聞いた事があるなぁと今更ながらに遠海は思い出していた。巨乳の人は巨乳の人で苦労があると言うわけだ。

「やだなぁ……あんまり見ないで欲しい」

　ボソリとそんな風に呟くと無意識の内に遠海の歩くスピードが上がる。
　いつこの状態が終わるのかは分からないが、とりあえず家に戻ればそんな視線からは解放される。

「折角大きくなったけど、大きくなってもそんなに良い事ばかりじゃないなぁ……」

　大きなため息と共に呟いたその言葉が今日の体験のがどうだったのかを評していた。

このページにイラストを設定する