朧冬の蜃気楼／a hazy mirage of winter｜リアクション

朧冬の蜃気楼／a hazy mirage of winter

　パトカーの車窓ごしでもやっぱり雪は雪、街はやっぱり白いでこぼこだ。
　パトカーから降りて病院の自動ドアをくぐったとき、暦は意外な人物と鉢合わせした。
「九鬼姫さん！？」
　戦国時代の生まれを自称する九鬼姫だが、いかにも量販店のウールコートとニット帽という組み合わせではまったくそう見えない。
「見たぞ」
　九鬼姫はニヤリと笑った。
「お主、警察に連れられて来たな……ついに幼い美少年にちょっかいでも出しおったか」
「私と警察の組み合わせで最初に想像するのがそれですかっ！」
「……して、パトカー通院とはなんの真似じゃ。まさかあれが家の車とは言うまいな」
　違いますよ、と暦は笑う。
「今朝は定期的に通院してる病院に寄って、それから学校に行こうと思っていたら、ぼーっとしていたせいか降りる駅を間違ったんです。そこから歩いて行こうとしたら道に迷って……」
「通りすがりのパトカーに送ってもらったということか。ずいぶん警察も親切じゃな」
　それが、と短く言い淀んでから暦は言った。
「今朝近くで拳銃の発砲事件があったとかで……幸い死傷者はなかったんですが、犯人が逃亡中らしく、危ないというので警察が気を回してくれたんです」

■　■　■

「物騒だねえ」
　真遠はつぶやいてテレビを消した。
　猫又川のあたりで発砲事件があったという。撃たれた女性は倒れたそうだが、幸運にも銃弾はひとつも当たらなかったらしい。
　ただ問題は、銃撃犯が逃亡中だということだ。現在、周辺では厳戒態勢が敷かれている。
　――現実逃避はこのあたりにしよう。真遠は座り直し、もたれていたチェアの背を垂直に直した。
　テキストエディタの画面に向き直る。
　ほとんど空白だ。申し訳程度に数行書いているほかは。

　冷たく丸い碁石それも白ばかり、これが頭にぎっしり詰まっているような錯覚にとらわれている。
　
　これが文頭、あと二行ばかりつづくが文章はそれきりだ。
　お客様から寄せられたアクションは魅力的だが、その内容が活きる文章を組み上げることができない。どうしても。
　実はこれだけ書くのにだって二十分ほどかかった。やっと書き始めたがまた筆が止まってしまったという次第である。気分転換にテレビを付けたが、特にひらめきは訪れなかった。
「ああ、もういいや、やめやめ」　
　保存アイコンを押してパソコン上のテキストエディタを終了する。
　PBW（プレイ・バイ・ウェブ）ゲームマスター『久慈たから』の仕事は今日はここで切り上げよう。
　ちょうどそのとき携帯電話が鳴った。知り合いの女性弁護士からだ。
「……いや特に予定はないけど……行政協力？　警察に会うのか」
　どうすっかなぁ、と口では言ったものの、すでに真遠は承諾するつもりである。

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