8 years after ～8年後の世界～｜リアクション

8 years after ～8年後の世界～

☆弄ぶ愉しみ（闇成分注意）

　エレノア・エインズワースは、大手企業のプログラマーになっていた。
　技術力と共に人当たりも良いということで、周囲から評価されている。
　しかし中には、「他人に一切興味が無さそう」と評する勘が鋭い人もいるようだ。

　最近、エレノアのアパートの隣の部屋に住んでる学生が、夜中に大音量でギターの練習をしている。
　エレノアは、別にそれを恨んだり怒ったり、懲らしめようと義憤に燃えたわけではない。
　ただ、思った。
（手頃なので実験の標的にします）
　まずは標的の情報を探った。
　人間誰しもミスはするし、夜中に平気でギターを鳴らすレベルの粗忽者だから鍵をかけ忘れることもある。
　そのチャンスに、エレノアは手袋をして彼の部屋に入り込み調べた。
（幸い鍵も置きっ放しですね、粘土で型取って合鍵を作ります）
「おや、PCにパスワードがかかってませんね」
　エレノアの口角が上がった。
　素早くキーボードに指を走らせれば、容易くSNSから人間関係が洗い出された。
「情報が揃いました。実行に移ります」

　件の学生は、もちろん侵入されたことになど気づかなかった。
「……あれ？　ゴミ箱の位置、ここだっけ？」
　だが、少しずつ彼は生活に違和感を感じ始める。
　部屋のゴミ箱だけでなく、自転車の駐輪位置、椅子の高さ、PCの照度が少し変わっていた。
「おかしいな……まるで誰か入り込んでるみたいじゃないか？　まさかな……」
　さらに、塩の瓶に砂糖が混ざっていたり。
　ある時は財布に覚えのないお札が入っていた。
　金がなくなっているなら、うっかり使ったのを忘れているとか、泥棒に抜かれることもあるだろうが、増えているというのはどういうことだ。
　さらに、郵便物を開けると手紙が明らかに1枚だけ足りなかった。
　問い合わせても、確かに入れたはずだと言われた。
　一つ一つは取るに足らない小さなことだが、それは、水に数滴落とされた墨のように広がり――彼の心を蝕んでいった。
　恋人に相談しても、勘違いでしょと言われる。
「それより、あたしのノート見なかった？　昨日まであったはずなんだけど」
　部屋に帰った彼は、机の上に置かれたノートに気づいた。
「こんなもの、なかったはずなのに」
　震える手で取り上げると、そこに書いてある名前は――
「なんで……これがここにあるんだ？」
　さっきまで話していた彼女のもの……彼女は、ここにノートなど持ってきたりしないのに。

　すべてはエレノアの仕業であった。
「標的の恋人から私物を盗むのは、手間がかかりましたね。これで大分自分の五感や認識を疑うようになってきたでしょう」
　しばらくすると騒音は、ギターから叫び声に変わっていた
「SNSのやり取りを見ると、自分が発狂したか、恋人からの嫌がらせかの二択で迷って追い詰められてますね」
　あとは何もしなくとも、勝手に疑心暗鬼になる。

　またしばらくすると、騒音はなくなった。
　そしてある日、自分の部屋から出たエレノアが感じたのは、異臭だった。
　それは――
「実験成功」
　エレノアは静かに、口角だけを上げた。