新雪とともに日が昇る｜リアクション

新雪とともに日が昇る

☆スイートルームで

　ステッラ・デッラ・コリーナのスイートルーム。
　朝鳥さゆるは、クリスマスの夜からずっと、あの女──Malice（葉利沢倫理子）とこの部屋に泊っている。
　いや、囚われの身となった、というべきだろうか。
　連日、夜も昼もなくMaliceに組み敷かれ、その身体を貪られる。
　さゆるに愛はない。なのに快楽の泥沼に塗り込まれるような、終わりのない情事。
　両親を亡くし天涯孤独の身であるさゆるに、他に行きたいところもない。
　外に出ても見知らぬ誰かと行きずりの情事を重ねるだけだ。
　だから、ここにいても同じこと。
　情事に飽きたら何事もなかったかのようにシャワーを浴びて服を着て部屋を出、レストランで食事したり屋内の温水プールで泳いだり。
　そしてそれらが終わればドアノブに「Please do not disturb」の札をかけっぱなしにして閉じこもり、また情事の泥沼に沈む。
　そんな風に年末年始を過ごした。

　遮光カーテンの隙間から太陽光が差し込む。
　気怠さと精神的疼痛が入り混じる中での目覚め。
　ベッドサイドに放置したスマホを確認する。
　始業式の日付だった。
　情事の痕跡を身体に留めたまま、ベッドサイドに腰かけてぼんやりする。
　さゆるが身を起こした気配で、Maliceも目が覚めた。
　遮光カーテンから差し込む光に照らされたさゆるの裸身を見て、また欲情するのを感じた。
　気だるげなさゆるの背中に揶揄と悪意のこもった微笑みを浮かべ、挨拶を投げかける。
「……おはよう、さゆる」
「……」
　返事はない。
「今日は始業式ね。もう遅刻よ、今から行くつもり？」
　Maliceのほうも、学校に興味はない。ただ狂気の愛があるばかりだ。
「まさか。どうでもいいわ」
「これからどうするの？」
　少し黙った後、さゆるは無表情に答えた。
「……結局、またあんたに貪られるんでしょ」
「ご名答☆」
「……好きにして」
「あら、抵抗しないの？」
　Maliceはさゆるに抱きつく。
　キングサイズのベッドが軋んだ。
「……」
　抵抗しないが、さゆるの目はMaliceを見ていない。
「つまらないわ。何だかやる気なくした。……人形を抱いてるみたいで面白くない」
　Maliceは不満げに体を離した。
「あんた、いつまであの子（倫理子）からその身体を奪い続ける気？」
　ふとさゆるは聞いてみた。
　Maliceは倫理子から生まれたもう一つの人格であるが、もう倫理子の人格はすっかり陰に押し込められてしまった様子だ。
「あの子にこの身体はもったいないわ。あの子も消えたがってたみたいだし、だから私が有効活用してあげてるの」
　悪びれる様子もなくMaliceは笑う。
「……あの子はあんたに身体を乗っ取られ、あたしはあんたに貪られる。結局、二人分の身体を乗っ取ってるようなものよ」
　さゆるの言葉に、Maliceの笑みが消えた。
「……でも私はあなたの心までは奪えてない」
「あたしに心なんてないわよ」
　そう言い放つさゆる。
　行きずりの快楽に溺れるのは自傷行為に近く、破滅的な生活を送っている自覚はある。
　そんな自分はもう壊れてしまっていると思うから。
「うそ。さゆる、あなたの心は藍人と一緒にあるじゃない」
　だがMaliceにそう詰め寄られ、さゆるは反論する言葉を持たない。
「……」
「あなたの心から、藍人を消し去ってやる……私だけのものにしてやる……」
　Maliceはそのまま激しくさゆるの唇を貪った。
　