新雪とともに日が昇る｜リアクション

新雪とともに日が昇る

☆終わったはずの二人

　猫鳴館の朝は暗くて寒い。
　北里雅樹は登山用の寝袋を抜け出して、一応の身支度を済ませてから自分の部屋を出た。
　寝子高の制服の上にダッフルコートを着て、暗い中をＬＥＤ懐中電灯で足元を照らしてどうにかこうにか通りに出ると、雪がひらひらと待っていた。
（なんだか気が重いな……）
　今日は始業式だ。だが、学校なんて行く気がしない。
　雅樹は元カノの椎井莉鳥のことを考えていた。
今年の正月はあまりにも最悪の出だしだった。
　気が強く感情を表に出さないはずの彼女が、あんな泣き声を上げるなんて。
（もうすぐ受験だっていうのに。何だってあいつ……関係のおわった元カノのことでこんなに苦しまなきゃならないんだ？）
　考えても仕方ない。
　雅樹は頭を振って学校へ向かった。

　シーサイドタウンの自宅で、莉鳥はベッドの中布団をかぶっていた。
（始業式……学校なんて行きたくない）
　正月──元カレの雅樹と寝子島神社からの帰り道で人目憚らず喧嘩して……泣きながら自宅に帰った。
　感情をあまり表面に出さない彼女には珍しいことで──莉鳥は決して立ち直っていない。
　うだうだ布団に潜っていたが、結局母親にたたき起こされた。
　渋々制服に身を包み、渋々と言った態で家を出た。
　学校へ足を向けるのが気が重い。
（アイツはきっと学校にいるだろう。そうなれば確実に顔を合わせることになる）
　次の角を曲がれば寝子高へ通じる道。
　そのまま真っ直ぐ向かえば寝子ヶ浜海岸。
　けれど莉鳥の足は止まっていた。
　暫く立ち尽くした後、莉鳥は角を曲がることなくまっすぐ進んでいった。

　人気のない浜辺でぼんやりと立ち、水平線の向こうを見つめる。
　いや、水平線なんて見ていない。
（あのナイトプールの時以来、ずっと自分の中で何かがくすぶり続けている）
　自分でも何故かわからぬまま、別れたはずの雅樹の唇を求めたあの夜。
　一時の気の迷いのはずが、夜が明けても感情は静まらなかった。
　自分の感情に火がついている。
（この感情に名前を付けるなら、それは「恋」。終わったはずの恋が蘇った？）
　そうとしか思えない、でも……
「認めてなんか、やらないわよ……認めてなんか……！」
　雅樹にその気がないのは明らかなのに、自分だけが……
　認めてしまうのが、怖かった。

　
　一方雅樹は、一日中寝子高で苛立ちながら過ごした。
　始業式もホームルームも全然記憶にない。
　学校が終わったが、そのまま寮に戻る気になれなかった。
　かと言ってどこかへ寄る気にもなれず、糸の切れた凧のようにその辺をうろつきまわり……
　気が付けば寝子ヶ浜海岸へ出た。

　冬の海岸には波の音だけが続いていた。
　寒々とした鈍色の世界。
（俺の心象風景そのものだ）
　余りにも陰気だ。
　このままいても気が滅入るだけだと立ち去ろうとしたが。
（人の気配？）
　視線を向けた方向に、流木に腰かけてぼんやり海を見る、寝子高の制服を着たショートヘアの女がいた。
（椎井……なんでこんなところにいるんだよ）
　思わず声に出しそうになり、堪えて内心で呟いた。
　幸い、莉鳥はこちらに気づいていないようだ。
　雅樹はその場をそっと離れることにした。
　ザクッ。
　しかし、回れ右して踏み出した足は、思いがけず大きな音を立てていた。
（気づかれたか？）
　だが今更話すことはない。
　視線を感じながら、振り向かずに雅樹は歩き続けた。

「えっ？」
　莉鳥は自分の目を疑った。
　砂の音にそちらを見れば、遠ざかっていく雅樹の後姿があった。
（いつからいたの……？）
　もう学校が終わった時間とはいえ。
　腐れ縁だと考えることも一緒なのだろうか。
　それにしても、こっちに気づいたろうに何も言わずに去ってしまうのか。
（そうよね……あっちにとっては終わったことだもの）
　ため息をつくと、莉鳥はゆっくりと砂浜を歩きだした。