心残りを食い尽くせ！｜リアクション

心残りを食い尽くせ！

●子供達もおいで、餅焼くぞぉ

「うわぁ～……、トシコさんから、お話には聞いていたけど」
「なんだ、これ」
　声を飲み込んだのは桜花寮女子生徒を代表して、腰の悪いトシコに代わって現場管理を任された、大神美星と黒兎都である。
　二人とも二年生だ。
　美星は長い髪を後ろに結わえ、いかにも物語の主人公の近所に住む、三姉妹の長女のような外見。
　鷹揚な雰囲気に、うららかな気候も相まって、うっかり膝枕の一つもねだりたくなる。
　一方の都は、目元まで覆うボサボサの髪に、黒いパーカー。
　やはり黒のニーソックスと赤を部分使いしたホットパンツをあわせた様は、ちょっとしたパンク少女のようでもある。
　もっとも黒で統一するのは、彼女にしてみれば配色などを考えるのが、「めんどくさい」からなのかもしれないが。
「本気で、トシコさんと二人で食うつもりで買ったのか？」
　さっきまでお汁粉、大福、きな粉餅～♪　なんて。
　上機嫌で、こっそり鼻歌まで披露していた都であるが。
　小山の如く積み上げられた、餅の入ったダンボールを見下ろし、ポリポリと後頭をかいた。
　目の前では、骸が「おおぉ……」と形容しがたい言葉を漏らしながら、ダンボールにしがみついている。
　零れ落ちそうな眼球、むき出しの歯茎。血色の悪い肌の中で、ただ歯だけが白く浮いている。
　本人は、開封するために運ぼうとしているのであろうが、行き倒れた死体みたいでぶっちゃけ怖い。
「まぁ、考えてても仕方ないよ。私もはりきってお料理作るから、皆も頑張って食べてね～♪　勿論お片付けも最後までしっかりと～、だよ？　お皿と調理器具をしまうまでが、お料理だからねぇ～」
　白いレースのエプロンに三角巾をつけ、ぱんぱんと美星が手を叩けば、皆それぞれ調理場に散る。

「うにゃー、大神先輩エプロンかわいいー。こっち向いて欲しいにゃー」
「はいはーい」
　七音侑が携帯のカメラを向ければ、、美星はたおやかに手を振りながら、笑顔。
　バックは大き目の窓から、いっぱいに降り注ぐ光。
　ピロりん☆　撮れた写真は、輪郭が淡くぼやけて眩しいばかりだ。
　侑はその出来に満足そうに頷くと、ふくらはぎの半ばまでロールアップしたジーンズのポケットに、携帯を収めた。
「みんなで作って食べたら美味しいもんね！　頑張ろうーっと」
　都と同じく、機嫌良く準備に取り掛かった侑は
「焼きもち揚げ餅もっちもちー♪　うちだってお餅焼くぐらいはできるよー！　揚げ餅も、油で揚げればいいんでしょ？」
　お鍋いっぱいの油に、袋から出した餅をそのまま突っ込み、同じ部の志波拓郎と、彼と誘い合わせて参加していた追分義一を驚かせた。
　ちなみにこの二人は、桜花寮でのルームメイトである。
「七音さん……。まるごと……？　まずい、んじゃ……」
「それって、切って揚げるんじゃねぇのか？」
　男子二人が口々に言い立てる。
　侑は菜箸を握り締めたまま、「うにー」。
　二人と、油の中で沈黙している餅とを見比べた。
　餅はすでに油に沈んでいるが。……サルベージ？
　皆を呼びつけた責任感に燃え、何かあってはいけないと調理場の隅々にまで神経を尖らせていた庚が、早速かけつける。
「テメ……今まで何食って生きてきた？　拾え、今すぐに、だ。もっと薄く切るんだよ。油も温度が全然足りてねぇぜ」
「あえうー」
　肩を落としながら、侑は餅を救出。
　その間も、庚は「落とすと危ねぇから、しっかり掴め」だの、「一片たりとも無駄にするな」だの口うるさく、「まるでお母さんみたいだねぇ」と美星を笑わせた。
「いい先生がいて良かったじゃねぇか」
「頑張れ……七音さん。完成したら、少し分けてくれな？　……後で一緒に、食べよう」
　侑が油を使っている間、庚は傍でずっと監督するつもりらしい。
　腕組みしたまま、背後からじっくりと一挙一動を見守られ、ガチガチに固まる侑。
　これも精神力を鍛える、いい修行になるだろう。

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