私立探偵の悩みごと相談所｜リアクション

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「……あきれてものが言えないよ」

　羽生碧南は率直な意見を述べた。

「それはどうも」
　天利はバツが悪そうにうなだれた。

　天利にはアメリカに娘がいること。
　色々あったが、もうじき寝子島にやって来ること。
　もうすぐ誕生日なこと。
　ずっと離れていたので、何を贈るべきか分からないこと。

　それらを相談した時点で、碧南の我慢が限界を突破した。
「さすがに父親としてどうかと思うよ？」
　バスケ部に所属する碧南は良くも悪くも直情径行だ。天利の体たらくを見て感じたことを素直にぶつけてくる。
「……じゃあ、この間逃げ回ってたのは、その娘さんってことだったの！？」
　どちらかというと碧南は娘の方に感情移入しているようで、頼んだ味噌ラーメンをプリプリしながらすすっている。

　一方、同席している三折部朝衣は、もう少しだけ穏やかだ。
「お父さんに会いに来た娘さん……どこかで聞いたような話ね」
　朝衣の脳裏に、海辺で話し込んだ少女、フィリアの姿が浮かぶ。
「そうねえ……父親って、いくつになっても娘との接し方が分からないものかもしれないし……」
　助け船を出す朝衣。碧南も温かいラーメンで落ち着いたのか、少し冷静さを取り戻したようだ。
「うーん……たしかに、そういうものかも……」
　まだ納得しきれていない碧南を尻目に、朝衣は疑問をぶつける。
「ねえ、ラーメンのおじさん」
「天利だ」
「天利さん。あたし、この間この島にお父さんを探しに来た女の子に会ったわ。でも、さっきの話だと娘さんの年齢って……」
「今度２０歳になる……が、姉ちゃんが会った子供でおそらく間違いないねえ。見た目は１０歳ぐらいか……それ以下だ」

「じゃあやっぱりフィリアさんなの！？」

　朝衣は驚きの声を上げる。時折大人びた表情を浮かべることもあったが、海を見てはしゃいでいたフィリアが自分と同じ年齢だとはとても思えなかった。

「そのへんについては……色々事情があってな……」
　天利は口ごもる。

「え、ちょっと待って？　実年齢は２０歳だけど見た目は１０歳ぐらいってどういうこと？　そんなことがあり得るの？」
　すっかり混乱してしまった碧南である。が、いつの間にか醤油ラーメンとチャーハンを平らげていた朝衣はすっと立ち上がった。
「まあいいわ。……この時間じゃあお店、限られるだろうけど、ちょっと下見してみましょうか」
　天利は自分と碧南の丼にまだラーメンが残っていることを確認しつつも、朝衣の顔を見上げた。

「……喰うの早いねえ」
「のんびり食べてちゃ間に合わないのよ……いつも昼休みをフルに取れるわけじゃないの」
「……お役所さんも楽じゃねえな」
「まあ……そうねえ」
　天利の一言に、ここ最近の不調が声に出てしまう朝衣。
「んー……とさ。おじさんは社会に出てから壁に当たったことって……ある？」
「……仕事の話かい？」
　朝衣は頷く。
　とりあえずラーメン屋を出てから、朝衣と天利、そして碧南は歩きはじめる。
「仕事に支障はないのだけれど……最近ちょっと集中できてなくて……」
「そんなもんかね……まあいわゆるお役所仕事だったら飽きてくるのも無理ねぇか」
「飽きて……」
　朝衣は自問自答した。飽き。自分は仕事に飽きているのだろうか。
「俺なんかにしてみりゃあ、毎朝起きて仕事に行ってるだけで表彰モンだけどなあ」
　横で聞いていた碧南が噴き出した。
「ぷっ……そしたら高校生もだいたい表彰されちゃうね」
　聞く相手を間違っただろうか、と朝衣は思った。しかし。
「まあ……どうしてその仕事を選んだのか、だろうな」
「え？」
　てっきりまともに聞く気がないのかと思っていた朝衣は、思わず聞き返してしまう。
「どうして自分はその仕事に就いているのか……他にやるべきことがあるんじゃないか……姉ちゃんぐらいの年だとそんなことを考えるんじゃねぇか？」
「んー……なるほど……」
　思い当たることが、あるようなないような。
「まあ一般論さ……さっきも言ったが、毎朝仕事に行ってるだけで偉ぇんだ……あんま難しく考えねぇのさ……この仕事やってて良かった、ていうことだけ考えてりゃいいのよ」
　懐から煙草を取り出して口にくわえた天利、火は付けずにひらひらと手のひらを振っておどける。
　その様子があんまりにも軽くて、朝衣はつい笑ってしまうのだった。

「もう……適当なんだから……でも、そんなものかしらね……」

　そんなやりとりを聞いた碧南は、仕事って大変だなあ、と自らの将来に思いを馳せるのだった。

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