鍵を開いて｜リアクション

鍵を開いて

　吉住志桜里が道を歩いていると、バイクのエンジン音が響いた。それ自体は良いのだが、問題はそのバイクの操縦者が志桜里にとって見慣れた人物である事だった。

「よっ」
「こんなところで何をしているの、あなた」

　ヘルメットを腋に抱えて挨拶してきたのは雨梨栖　芹香。志桜里の悪友にして宿敵である人物だ。

「いや、ちょっとあんたに用事があってさ」
「はぁ？　というか、そのバイクは何？」
「あぁ、これ？　一応言っとくとちゃんと自前だよ？」

　芹香の家はバイク屋なのでそれ自体は嘘ではないだろう。だけど、芹香が乗っているバイクはクルーザーというオートバイの一種でかなり高そうだ。とてもではないが高校生に手が出るような物とは思えない。
　ハァと思わず志桜里は溜息を吐いた。

「道楽って言葉はこのザマの為にあるのね……惣領の甚六ここに極まれりだわ」

　と、皮肉を言う志桜里。芹香にその皮肉が通じるかは別として、それでも言っておかないと気が済まなかったのかもしれない。

「まぁまぁ、そんな事言うなって。ほら、これ」
「……何、これ？」

　へらへらと笑いながら包装された箱を差し出してくる芹香に、疑わしい視線を送りながら箱を受け取る志桜里。
　二人の関係はこんなプレゼントなんて送るような関係ではない。だから、志桜里が疑わしい視線を送る事自体は間違ってはいない。

「あんた、二輪の免許受かったんでしょ？　それは合格祝いだよ」
「はぁ？　一体、どういう風の吹き回しなの？」
「いやいや。良いから良いから。黙って受け取りなって」
「あのね……。幾らなんでも怪しすぎる。ちゃんと説明しなさい」
「えぇ……。めんどくさいなぁ」

　ブツブツと言いながらも、説明をしない限りは駄目そうだと思ったのか説明を始める芹香。悪友と言えど付き合いは長い。だから、志桜里の性格は良く理解しているのだ。

「このバイク、寝子島だと珍しい車種みたいでさ。あんたと私を広告塔代わりにしたいらしいんだよね」
「あなたと私を？　つまり、この箱の中身は……」
「そう。もう一台のバイクの鍵さ。このバイクかもう一個のバイク、どっちか選んで乗りなよ」

　なるほど、そういう事かと理解した志桜里。だけど、とてもではないがこれを受け入れるわけにはいかない。

「あなたねぇ、いきなりそんな新車のクルーザーに乗れなんて無理に決まってるでしょう！？　私こけるし擦りますよ！？」
「つっても、もう片方も新車のアドベンチャーだからあんま変わらないと思うけどなぁ」
「えぇ……？」

　つまりどっちもどっちという事だ。

「そもそも何でそんなの受けたんですか、あなたは」
「いやだってさ。乗ってる車種が一つでも売れたら広告代わりに使用したバイクは譲ってくれるんだってさ。そんなのやるっきゃないでしょ！」
「はぁ？　それ、本当ですか？」
「本当だって、パンT！」

　思わずいつものようにあだ名で志桜里の事を呼ぶが、志桜里の方はそれどころではない。

「……ハァ」

　そして、再び溜息を吐く。
　こうして芹香が持ちかけて来ているのはただ、バイクが欲しいだけではない。関係を繋ぐものが欲しいからなのだ。そして、それを志桜里も理解している。
　だから、結局のところは受け入れるという選択肢しかない。けど、悪がついても友は友とは絶対に言わないが。