鍵を開いて｜リアクション

鍵を開いて

　チクタクチクタクと時計が時間を刻む音だけが響く深夜二時。街とて静かになる刻限でありそれはこの部屋とて例外ではない。とは言え、この部屋の中が静かなのは時間が理由ではないけど。
　朝鳥さゆるの最愛の人物の隠れ家であったワンルームマンションの部屋は実に殺風景だ。あるのはシングルサイズのベッドと冷蔵庫とにクローゼットだけ。そこには誰かが住んでいる生活感なんて皆無。
　それはまるで、今のさゆるの心の中を現しているようであった。もうずっとこの状態なのだ。

　素肌にシーツを巻きつかせた状態でベッドの上で横になっているさゆる。今のさゆるを誰かが見ればきっと十人が十人、美術品のようだと思うに違いない。それ程までに美しさと作り物のような無感情が同居しているのだ。
　だけどそれはただ、心の傷に耐えているが故の事。最愛の人が姿を消して一年。その事実によって凍った心は未だに傷を生み出し続けている。

　今、さゆるが寝ているベッドにも最愛の人物との思い出は沢山ある。何度も何度も愛し合ったのだ。
　それはきっと普通の愛ではなかった。狂気をも孕んだ感情。自然と交わり方も普通ではない。互いが互いを貪るように、互いが互いを犯しあうように。
　
　かの人物とさゆるの関係は生産性のある関係ではなかった。いつ終わっても不思議ではない関係だった。
　溶けあうように交じり合っている時でさえ、一体どれくらいこんな事を続けるのだろうと考えていた。そして、飽きたのならばその時が終焉の時だと考えていた。考えるだけでなく互いに口にした事もあるのだ。
　だけど、それでも離れはしなかった。だって、互いに昏い井戸の底のように飢えていたからだ。

　彫刻の様にただ天井を見上げているさゆるの脳裏に、何故か三年前の誕生日の事が不意に浮かんできた。それは十四歳の誕生日の夜。
　その時は何にも会えていなかったのだ。もうその理由も忘れてしまっているけど、会えていなかった事だけさゆるは覚えていた。
　久しぶりの逢瀬は、あまりにも情熱的で。その夜もまた互いを貪り合った。傷つけ合った。愛し合った。与えられる全てが愛だったのだ。

「あぁ……」

　思い出した。さゆるは思い出したのだ。
　そう。限界まで愛し合った後、力尽きて眠った後、目が覚めた時はもう彼はいなくて。それはいつも通りだったけど、一つだけ違うところがあったのだ。
　それはさゆるの傍に寄り添うように置かれていた、包装された小箱。その中には、銀のロザリオの飾りのついたこの部屋の鍵が入っていたのだ。
　結局、それが唯一の最愛の人物からのプレゼントだった。

「ふふ」

　長く細い白い指が鍵に繋がっているロザリオの鎖を絡め取る。まるで自分を束縛しろと言うかのように。ぐるぐる、ぐるぐると。
　絡み付いた鎖が解けたらその鎖の先にある鍵をそっとなぞった。大事な大事な物のように。
　そして、さゆるはその鍵で自らの身体を傷付け始めた。
　身体が痛む。傷が痛む。当然だ。だって、傷つけているのだから。だけど、今のさゆるにはこれこそが唯一の刺激。やがて歓喜の声を喘ぐようになるのに時間はかからなかった。

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