コケッコー！　新春☆初夢宝船フェア♪　～茄子編～｜リアクション

コケッコー！　新春☆初夢宝船フェア♪　～茄子編～

　寝子島シーサイドタウン駅に程近いところにビルがある。地下には幽霊船の内装を模した会員制のバー、Holländerがある。マスターの藤堂静はジャズに満たされた空間で寡黙にシェイカーを振る。訪れた客は味と雰囲気に酔い痴れた。
　今日の静は薄暗い地下の幽霊船を抜け出し、一階にある喜望峰で腕を振るっていた。服装はいつもと同じ、白い長袖シャツに黒いベスト。バーテンダーの格好を通した。
　店内に暗さは微塵もない。夏の空を思わせる白と青で占められ、陽気なボサノヴァが流れている。地中海風のインテリアと適度に聞こえる波の音が異国を感じさせた。
　朝方はモーニングセットの注文が多かった。波を超えると単品の飲み物に移行した。
　一人の客がふらりと現れた。皺の寄ったスーツに無精髭を生やし、疲れた足取りでカウンター席に座る。
　静と目が合うと口元を緩めた。
「船長、冷たい飲み物を頼むよ」
「ここは幽霊船ではないが、そうだな」
　客の姿をつぶさに見て手早く作り始める。
「レモンはサービスだ」
　静はカウンターにコースターを敷いた。その上に琥珀色のタンブラーを置く。
　客は鼻を近づけて大きく息を吸い込んだ。
「ミントの香りがいいね。オリジナルかな」
「いいや、ミントジュレップのノンアルコール版だ。アールグレイには鎮静作用がある」
「徹夜明けの俺には有難いよ。ありがとう、船長」
　客は縁に刺さっていたレモンを適度に絞る。
　静は横目で見て、マスターだ、と口にした。

　昼の時間帯に入ると店内はスパイスの香りに包まれる。寸胴で用意した特製スパイスカレーは数人分となっていた。引っ張られるようにレモネードの注文も殺到した。
「当然だ」
　静は自家製のレモンシロップをグラスに注ぎながら自信を深めた。

　昼時を超えて緩やかな時間が流れる。静はバックヤードでコーヒーを飲んでいた。数分の休憩を終えて立ち上がる。
　不審な顔で黒いベストのポケットに手を入れた。スマートフォンに届いたメールの内容に目を通す。
『お疲れ様です。いつもお世話になっています。今日はこれで上がってください』
　店長からのメールに頭を掻いた。
『了解』
　静は二文字で返した。
「どうするか」
　スマートフォンの画面で時間を確かめる。隅にあるコインロッカーに目をやり、いいか、と裏口から外に出た。
　喧騒に背を向けて細い道をゆく。おもむろにベストのポケットから煙草の箱と携帯灰皿を取り出し、また押し込む。黄色い帽子を被った小さな子供達が一列になって歩いてきた。
　静は端に寄って立ち止まる。先導していた女性が軽く頭を下げた。
　賑やかな行列を見送ると、静は歩き出す。青い目を方々に向けた。
　気に入らないのか。足を止めず、十字路を右に曲がった。
　左の脇道を見ることなく通り過ぎて踵を返す。
「この香りは……」
　青い目を細めて小さい歩幅で進んだ。左手に黄色い輝きを目にした。公園の柵からミモザが溢れていた。その中に静はとどまる。
「Bucks Fizz」
　ミモザの名を持つ、カクテル名を口にした。誰にも聞こえない声でカクテル言葉、心はいつも君と、と付け足す。
　甘い香りを吸い込み、煙草を取り出した。一本を咥え、ライターで火を点ける。先端の火が赤々と燃えた。

「悪くない」
　微かな笑みを浮かべた。伏せた目には一抹の寂しさを滲ませる。
「……なんだ？」
　視線を上げた。前方に耳を傾けると軽い音が聞こえた。
「……シャッター音か」
　静は吸っていた一本を指で摘まんだ。三分の二が残るそれを惜しげもなく、携帯灰皿の底で揉み消した。
　ミモザを軽く手で押しやると、別のミモザが見えた。下から覗き込むような姿でカメラを構える人物がいた。
　端正な横顔に静の時が止まった。時間を掛けてゆっくりと動き出す。
「秘密の恋」
　ミモザの花言葉を口にした静は甘い香りを纏って走り出した。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

　新春の初夢シナリオの茄子編が無事に完成しました！
　PCの魅力に溢れたイラストに着想が大きく膨らみました。
　全てを取り込むことは出来ず、書ける喜びと産みの苦しみの狭間に揉まれました。
　今はすっきりとした気分でいます。あとは皆さんの目で判断していただければ、と！

　夢の内容なので少し現実離れしたところがあります。細かい部分では違いがあるかも。
　そこは夢として、寛大な心で受け入れていただければ、と（二回目）！

　書き上げた直後のあとがきなので達成感で一杯です。
　ご参加いただき、本当にありがとうございました！

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