コケッコー！　新春☆初夢宝船フェア♪　～鷹編～｜リアクション

コケッコー！　新春☆初夢宝船フェア♪　～鷹編～

　胸の前に揃えた両手の中には、翠の珠があった。
　蝶の翅の碧に宝石の翠、海の碧に星の翠、早春の森の緑に盛夏の山の緑。
　世界中の光り輝くみどりいろを集めに集めて、完全な球のかたちにしたナニカが、己のてのひらに乗っている。
　僅かに動かしただけでさまざまのみどりが揺らめき震え、みどりの光をさざめかせる。
　みどりの光を夜色の瞳に映し、篠原翠響は静かな瞬きをひとつ。
　煌めく光を内部に閉じ込めたその珠を、大切なもののように胸にそっと抱きしめる。
　ふわり、耳元に風が巻いた。ひらりふわり、目前を燐光放つ蝶が過る。
　蝶が淡い光を放っていたから、気がついた。世界は闇に沈み込んでいる。
　光のない世界はひどく寒かった。さらさらと、薄闇の色した雪さえ降っている。
　──踊って
　ひらひらと、雪に惑うように飛び回る蝶が喋った気がして、翠響は瞬きを繰り返す。
　──そうして、春の光珠の力を解き放って
「はるの、みたま……」
　丸めた瞳に、いつの間にかてのひらに捧げ持っていたみどりの珠を映す。ひらりと舞った蝶は、頷くが如く清かな光を放つ球面にとまった。息をするように翅を動かしていたかと思えば、次には力尽きたように珠の上から滑り落ちる。翠響が慌てて差し出した掌の上、蝶はみどりの光となって消えた。
　僅かの熱も痕跡も残っていない掌を見つめ、翠響は小さく息を吐く。
　ここがどこかも分からない。
　どうしてここにいるのかも分からない。
　それでも、『春の光珠』と呼ばれるナニカが自分の手にある。ひらりひらりと舞って消えた蝶は消え入りそうな声で懇願してきた。
　ポニーテールに結った長い黒髪を揺らし、周囲を確認する。
　闇に沈み、薄闇色の雪が降るここは、どうやら古い森らしい。高い頭上には屋根があり、自分の周りに雪は注いでいない。古い森の央に建てられた相応の広さの、おそらくは神楽殿。舞を捧げるべき神の座は見渡したところ見つけられなかったが、もしかすると今己が手にしている珠こそがそうであるのかもしれなかった。
(難しいことは置いておこう)
　十五の少女はとりあえず思考を止める。知らぬ間に舞台に立っていたこの土壇場で、思索を巡らせたところでどうしようもない。今目の前に提示されたものと、元より己の内にあるもので勝負するしかない。
　生来の要領の良さと物怖じのなさ、それから新体操で培った舞台度胸で以て、翠響は腹を括る。
「踊ればいいのね」
　自分自身に言い聞かせるように呟けば、応じるが如く珠が光を揺らめかせた。
　途端、ぶわり、光が跳ねる。眩しさに閉ざした瞼を開けば、纏う衣装はエメラルドの光煌めく新体操のものに変化していた。
　くすり、翠響は笑う。
「いいわ、やってみる」
　両手に捧げ持った『春の光珠』にそっと額を寄せる。祈るように顔を伏せ、恐れを吹き飛ばすように顔を上げる。
　途端、身体にまとわりつく闇が大きく後退ったように見えた。身体を掴んでいた重力までもが離れた気がして、翠響は花のように笑う。この身の軽さであれば、きっと風のように軽やかに動くこともできる──

　高く高く、珠を投げる。珠が地に触れるまでの僅かな間、くるりくるりと爪先で舞う。珠を優しく受け止めたかと思えば、共に戯れるが如く右手から腕と背中を伝わせて左手に転がらせる。共に地面に転がり、息継ぐ間もなくくるりくるり、とんでもない柔軟性でひどく美しい前転をしてみせる。
　春風を纏った妖精じみて舞台に舞う翠響のてのひらの中、『春の光珠』がゆらゆらとみどりの光を強めてゆく。
　時が止まったかの如く、珠が宙に跳ねる。その下で翠響が結いあげた黒髪をなびかせてくるくると舞う。
　ダンスのパートナーじみた息の合った動きで、翠響が宙から落ちてきた珠を抱き止めた、そのとき。みどりの光が爆ぜた。
「わ……？！」
　圧倒的な光量のそのくせ、どこまでも優しい光に頬を撫でられ、翠響は珠を抱きしめたまま動きを止める。
　舞台のちょうど真ん中に立った少女を起点として、みどりの光が春に萌え出ずる草木の色して広がり跳ねる。夏に踊る蝶の動きで降り注ぐ薄闇の雪を次々とみどりの光に変えてゆく。春一番の荒々しさで空へと駆けのぼり、曇天の色をも柔らかな春の空色へと塗りかえる。
　光が収まり、てのひらの中の珠が消え去る頃には、周囲は早緑の色に染まる春の草原と化していた。空から降るのは、あたたかなおひさまの光と花の香の風。
　──ありがとう
　──はるが、くるよ
　──ありがとう
　ふわりふわり、翠響の周りを色とりどりの蝶が舞う。
　春の精たちの言祝ぐ声を聞きながら、翠響はなんでもないように笑って見せた。
「まかせて！」

　──その日。
　この冬いちばん最初の梅の花がほろり、白い花びらをほころばせた。

このページにイラストを設定する

あとがき

担当マスター：阿瀬春
ファンレターはマスターページから！

お待たせいたしました。
あなたの初夢を、お届けにあがりました。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

みなさまの素敵なイラストを見つめながら物語を描かせていただけることの楽しいことと言ったら！　なのでした。
初夢企画に参加できまして、とても嬉しかったです。

お読みくださいまして、ご参加くださいまして、ありがとうございました！
またいつか、お会いできることを願っております。

↑ページトップに戻る