【大晦日】自由に過ごしたり猫になったり鳥になったり鼠退治（略｜リアクション

【大晦日】自由に過ごしたり猫になったり鳥になったり鼠退治（略

　８

　大晦日から元旦のホテル営業となれば、普段の数倍は忙しくなる。その中で、水谷真優理はこの二日間、奇跡的に休みが取れた。だが、同居している従妹の青山絢は友達と神社へ初詣に出かけ、帰ってくるのは、恐らく年が明けてからになるだろう。
（こういう時は、たまにはおひとり様で過ごすのもいいよね）
　絢が大好きな真優理だが、適度に離れることも悪くない。
（それだけ、絢ちゃんのことがもっともっと好きになるから――）
　そうと決まれば、と真優理は支度をして玄関を開けた。誰も居ない暗い部屋に幸せそうな笑みを送り、彼女も大晦日の夜に出かけていった。
（どこで過ごそうかな……）
　普段なら人通りが少なくなってひっそりとする時間だが、今日は特別感のある空気の中、高揚して楽しそうに歩く人達が途絶えることがない。
　しっかりおしゃれをしているし、どこにだって行ける。さあ、今日はどこに――
「…………」
　真優理は自分の前に立つ建物を見てため息を吐いた。辿り着いたのはレストラン「イソラ・ガレッジャンテ」で、ホテルコンシェルジュの彼女にとっては職場の一部みたいなものだった。
　「星ヶ丘のレストランがあったら紹介してほしい」と訊ねられた時に予約を入れることが多いので、店の人ともよく話す。
（けど、実は入ったことないのよね）
　だったら、この機会に客として利用してみるのもいいかもしれない。
（ちょうど、イベントもしているし……）
　店を中心とした一帯が真っ暗になっている。使われている灯りはろうそくのみだ。
（これが、キャンドルナイト……）
　イベントをしていることは仕事柄勿論知っていたが、自分が訪れるとは思っていなかった。
（どうして、興味が無かったのかしら）
　仕事の関連情報という記号でしか扱っていなかったからだろうか。
「綺麗ね……」
　美しさに見惚れ、来て良かったと心から思う。レストランに入ると、予約なしでも受け付けてもらえ、カウンター席に案内された。大晦日のスペシャルメニューを注文し、届いたメニューに舌鼓を打ちながらワインを堪能する。
（美味しい……）
　しっとりとした大人の時間は、いつもと違ってとてもゆっくりと流れていった。
「大晦日の夜にお一人ですか？」
　ふと、隣の男性に話しかけられて目を向ける。パーティー用のスーツを着ていてやせ型で、４０代半ばくらいに見える。
「はい。お休みが取れたので」
「僕も一人なんですよ。お恥ずかしながらこの歳になっても独身で……一緒に来てくれる人がいなかったもので」
「そうなんですか」
　さりげなく独り身をアピールしてきたのは、夜の誘いに繋げる為の前段階的なものだろう。だが、そういう男性に嫌悪感があるわけではない。
「こんな高級店に一人で来るのはかなり勇気が必要だったんですが、あなたは慣れてらっしゃるようですね」
「どうしてそう思うんです？」
「いえ、堂々としていらっしゃるので。僕はどうも他人の目が気になって落ち着かないんですよ。あなたに声を掛けたのも、カップルで来ていると思われたかったのもあったんです」
「……カップル？」
「見えませんかね？」
　からかうように微笑むと、男性は照れたような笑みを浮かべた。
「あの……じゃあ、本当のカップルになりませんか？」
　男性がワイングラスを差し出してくる。この場合、乾杯したらＯＫということになるのだろう。
「ごめんなさい。私は行きずりの恋はしたくない。恋するよりも、愛したいの」
　グラスを合わせずにワインを飲む。男性を横目でちらりと見ると、彼は驚いたような顔をしていた。振られたショックというよりも、感動しているように見える。
「しっかりしていらっしゃるんですね。素敵です」
「え？　……ありがとう」
　その後も彼と会話を楽しみ、真優理は一人で店を出た。
（そこまで綺麗なわけじゃないんだけどね……）
　本当は、そのままの流れで一夜を共にしても良かった。大人の女らしく振舞いたかっただけだったのだが、まあこんな夜も悪くないだろう。
　まだ灯っているろうそくの灯りの間を、真優理はほろよい気分でのんびりと歩いた。