……アンド・ユア・バード・キャン・シング｜リアクション

……アンド・ユア・バード・キャン・シング

　お前、と呼びかけられて彰尋は身を強張らせた。
「何者（ナニモン）だぁ？　コラ」
　男は首を傾けている。
　鋭い目つき、しなやかで均整の取れた体つき。
　彰尋は彼を知っている。
　坂元――ここの所長だ。EABの代表でもある。
　しかしその口調も物腰も、いわゆるチンピラのそれを彷彿とさせた。
「ナニモンだっつってんだろが！」
　大きな音を立てて坂元は壁を殴った。
　だが彰尋は動じない。ここで待っていたのだ。職員、あるいは所長を。
「あなた、ここの代表ですよね。この状況、おかしいと思わないんですか、恥ずかしいとは思わないんですか」
　声を荒げるわけではない。むしろ淡々としている。しかしそこに込められた静かな怒りに気圧されたか、坂元は口をつぐんだ。
「ここを信じて頼ってきた人もいるだろうに……それを踏みにじる行為はここに収容された人だけじゃなくて、送った人もを傷つけるだろうと思わないんですか！」
　すると突然、坂元は笑い出したのである。
　それも、腹を抱えてと表現したくなるほどの爆笑だった。
「お前ボランティアのガキか？　マジで言ってんの？　んなケツの穴がかゆくなるようなことをよ？」
　口を開こうとする彰尋を、片手を上げて制止する。
「いいか？　こんなとこに入れられてるヤツはもうダメ、救われない人間なわけよ。しかも、生きてるだけで俺らの税金を喰らう寄生虫だよ。それをな、せめて親御さんや世間の迷惑のかからないところに隔離してやる、そのためにここはあるわけ。そりゃあもう崇高も崇高、嫌々やってあげてる奉仕活動だよ！」
　話しながら熱がこもってきたのか、坂元の声は加速度的に大きくなっていった。
「それで世間受けはいいしマスコミは持ち上げてくれるし、大きな声じゃ言えないけど親御さんたちも厄介払いができて感謝してくれる！　おまけにそれなりに金も入ってくるんだから誰が困るの？　え？」
「それは自分に都合のいい嘘だ！」
「あー嘘で結構だ。でもなよく聞け、世間知らずのガキ。嘘のひとつもつけねーで自己啓発本が出せるかってんだ！　もうちっと社会ってものを学んどけ！」
　坂元はつかつかと彰尋に歩み寄ると、その手から携帯電話を奪い取った。そして瞬間的に足元に叩きつけ、踏みつけて砕いたのである。
「くだらねー証拠とか撮ってんじゃねえぞコソ泥が！」
　坂元はこれで、彰尋がうろたえると思っていたのだろう。
　なので、まるで彰尋が動じなかったことを見て少なからず驚いた様子だ。
「自分の行っていることに自信があるのなら、どうして携帯を壊したりしたんです？」
　彰尋は坂元から視線を動かさない。
「社会のために行っているのだというのならば、その社会に判断してもらえばいい。あなたが裁かれるべき人間かどうかを」
「このガキ……ッ」
　彰尋の襟首を反射的に坂元がつかんだ。そのときである。
「見つけた」
　開いたままの戸口から声がした。
　ジャージ姿の少女だった。
　アイスピックだろうか、大きな針のような道具を両手で握っている。
「あたしが何かやったって、ボーナスステージなんだよね？　罪に問われないんだよね？　だったら、だったら……ゲットしないとだよね」
　その尖端は坂元の顔面に向けられていた。
「お前……マジかよ！」
　坂元が青ざめるのがわかった。
　じりじりと紅美が近づいてきたからだ。凶器を握って、まっすぐな目で。
　彰尋は紅美のことを知らない。だけど、絶対に止めなければならないと確信した。
「やめろテメェ！　あっ、危ねーだろうがよ！」
　あまりにも当たり前のことを坂元は叫ぶ。滑稽とすら言える姿だった。
　紅美が床を蹴った。
　紅い血が流れた。