……アンド・ユア・バード・キャン・シング｜リアクション

……アンド・ユア・バード・キャン・シング

　食堂内で真白はテーブルをめぐっている。
　そっと観察するが、食事をする入居者のなかに紅の姿は見つからない。
　この施設、まちがっていると思う。
　こんなの刑務所だ。自立支援なんて嘘ばかりだ。
　だから紅が見つからないことに、がっかりする反面安堵もしていた。こんな場所に大切な友だちが押し込められているなんて、想像するだけで辛いから。
「あれえ？」
　頓狂な声をきいて、真白は足を止めた。
　くたびれた雰囲気の中年男性がなにか言っている。おなじく入居者らしき隣の席の青年に話しかけていた。
「あのお嬢さんがいませんねえ……ほら、あの子ですよ」
　青年は返事せず迷惑そうな顔をするだけだったが、中年男性はかまわないらしい。べらべらと話しつづけている。
「芋煮さんとおっしゃるお嬢さんです。え？　わからない？　これでも私ね、注意力が必要な仕事をしておりましたもので、人が欠けたらすぐ気がつくんですよ」
　真白は、足場が崩落していくような感覚を味わった。
　やはり紅――紅美はここにいる。
　つかつかと男、つまり根積に歩み寄る。
「おじさん、その話だけど……」
　このおじさん知ってる……！　真白がそう気付いたときだ。
　けたたましく警報が鳴り響いた。

　彰尋は呆然としている。
　目の前には十数個のモニターがあった。
　管理室、という名前のドアだった。これを無造作に開けると、
「昼交代だ」
　と、『Actor of Other Mind』の演技を続けて、彰尋はそこにいた職員と交代したのだった。職員はうたた寝していたようで、彰尋の呼びかけを聞くや泡を食って出て行った。
　いずれにも監視カメラの映像が表示されていた。
　これは現実なのか。こんなことが許されていいのか。
　異様である。モニターは数秒ごとに切り替わり、施設内のあらゆる場所を映し出していた。とくに入念に映し出しているのは入居者の個室である。他には更衣室や浴場、トイレまで含まれているではないか。このカメラを設置した人間は、人間の尊厳など考えたこともないらしい。
　許されるのか、こんなものが。
　感情が死んだような入居者、それを威圧し、徹底的に監視する施設、こんな異常な事態が、自立支援の美名のもとで行われているのだ。
　彰尋は血が沸騰するような憤りを覚えている。
　それがあまりに激しいものだったから、正面のモニターに廊下を歩く武道が映っていることには気がつかなかった。
　証拠として残すべく携帯を取り出し写真を撮影していた矢先、警報が鳴り響いた。

　一般ボランティアとして参加したことで、エレノアは食堂には入れなかった。仕方なく、中庭で枯れ草を集めたりしていたものの、入居者の姿を見ることすらかなわず忸怩たる思いをしていた。
　だが警報が、エレノアに好機を与えてくれた。
　真心からボランティアに参加している良民たち、
　真心のかけらもないであろう職員たち、
　いずれも浮き足だっているが、正直エレノアにとっては至極どうでもいいことだ。
　もっと言えば、これが誤動作だろうが本当の警報だろうが構わない。
　この騒動で建物内に忍び込む隙ができたこと、その僥倖を思うと、エレノアは微笑せずにはいられない。
　さて、芋煮紅美さん、お目にかかるときを楽しみにしていますよ――。
　影が走ることがあるとすれば、いまのエレノアに似ているはずだ。

　失礼、と言って坂元は静を振り返った。
「どうやら警報器の故障らしいですね。見てきます」
　平然とした口ぶりだったが、静は聞き逃していない。
　坂元の語尾は上がっていた。　
「ここにいてください、しばしお待ちを」
　けたたましいサイレンに急かされるようにして、坂元はどこかへ走って行った。
「じっとしてろ、だって？」
　静は肩をすくめてつぶやいた。
「まさか本気で言ってないよな？」　