……アンド・ユア・バード・キャン・シング｜リアクション

……アンド・ユア・バード・キャン・シング

　頬を冷たい糸に撫でられたような気がした。
「雨……」
　刀は空を見上げた。音もなく小雨が降り始めている。
　この程度なら作業に影響はないだろう。
　視線を落として、刀は黙々とゴミ袋を担いでいく。
　寝子高生たちは食堂で働いているらしい。しかし一般枠で来た刀が与えられた仕事は、塀に囲まれた中庭でのゴミ分別作業だった。
　他のボランティアもほとんどこの中庭にいる。その大半は清掃や壁の補修に精を出していた。ゴミの分別作業はその性質上人気がない。しかし刀は、みずから希望してこの役割を得たのである。　
　刀はそっと周囲をうかがう。誰も見ていない。
　イメージする。ガチン、と一度、撃鉄が落ちるところを。
　加速だ。刀は『ろっこん』の力で、人知を越えた速度での行動が可能となった。
　次々と袋を開いては、生活ゴミの中に手をつっこんで探す。ゴミまみれになろうとためらうことはない。
　見つけた。
　開始してまだ三つ目の袋だ。運が良かった。
　小学二年生教材『さんすう』、その破られたページだ。瓶の中の手紙と同じ紙である。同じ筆跡で書かれた文字も確認できた。
　袋が積まれていた台車には『四階』と書いてあった。
　次の瞬間、刀の姿は煙のように消えた。
　けれど職員も他のボランティアも気がつかなかった。

　刀が去ったばかりの場所に、入れ替わるようにして彰尋が到着している。食堂から出て中庭に回ったのだ。
　黒い制服姿のEAB職員とすれ違う。
　一般ボランティア参加者の横も通る。
　けれども誰一人として、彰尋に注目する様子はない。
　彰尋はやがて、ひとりの職員が守るようにして立っている鉄の扉に近づいた。
「鍵、開けてくれないか」
　アメフト選手のような体格をした職員は、うなずいて腰から鍵束を取り出した。
　台本通りだ。彰尋自身がメモ帳とペンを使って作成した即席の台本には、『怪しい通路か扉を発見、職員として中に入る』と書いてあるのだ。
　能力『Actor of Other Mind』によって彰尋はその姿を、職員のひとりとして周囲に認識させている。
　職員が守っている以上、この扉は重要な場所へと続いているに違いない　