【クリスマス】あなたに会いたい、雪降る聖夜｜リアクション

【クリスマス】あなたに会いたい、雪降る聖夜

●星ヶ丘寮～『私は、ももこ』

　１２月２５日の夜。
　雪が音を吸い取ってしまったかのようにイブの喧噪は去り、静寂があたりを包んでいる。
　星ヶ丘寮の愛猫萌々子の部屋は冷えていた。
　冬休みは実家に帰省するという寮生も少なくない。
　けれど萌々子は家に帰らないと心に決めていた。
　指先を擦り合わせ、暖房を点ける。
　すぐには暖まらない。……身体も、……心も。
　冷え冷えとした部屋に一人佇めば、１年前のクリスマスのことが甦ってくる。
　ろっこんに目覚めた日。
　そして――父に初めての反逆の意思を示した日。
　母親との死別したのは１２歳のときだった。
　父は厳しい人で、自分の考えたように生きることが娘のためになると信じて疑うことなく、萌々子を躾けた。
　それは人を育てるというよりはむしろ、お気に入りの人形として意のままに操るかの如き行いで、萌々子はその柔らかい思春期を日々父に怯えて過ごし、すこしずつ心の色を亡くしていった。
　クリスマスは、その呪縛から逃れ、自分自身であろうと決めた、もう一つの誕生の日。

「私の進む道は私が決めます！　絶対に譲れません！」

　そう宣言した自分を褒めこそすれ、後悔なんかしていない。
　けれど……帰る気になれないのは、どこか罪悪感があるせいだろうか。
　自分は父の期待を裏切っている。
　父の望む自分になれていない、と、まだ思ってしまうせいだろうか。
　責められることを未だ恐れている……断ち切ろうとしても断ち切れない鎖が心を縛っているの？
　なかなか温もりの戻らない指先に息を吹きかけ、窓の外を見つめる。
　青白く、雪が降り続いている。
（これから先もずっと寝子島に住み着いてしまいたい……）
　ふと寒気がして振り返る。
　女の子が立っている。
　誰、と言おうとして昔の自分によく似ていることに気づく。
　あの制服は、通っていた中学の制服。
　名前も忘れたうさぎのぬいぐるみも、クレヨンも、中学進学前に捨てられてしまって悲しかったもの。
　そしてあの目。
　父に怯えてすごしていた頃、鏡の中にいた、感情のない瞳が、穿つように瞬きもせず、こちらを見つめる。
　その眼差しが静かに萌々子を責めたてる。

『私は、ももこ』

「ももこ……」
　知っている。そんな気がする。
『貴方が目を逸らし続けていたもの』
「何故、今、私の前に現われたんです？」
『何故と問いますか？　あなたが私を見ないから。いないものにしようとしているからです」
「それの何が悪いと？　もう記憶に蓋をして、過去もお父様のことも思い出さないようにしていました。今を満喫出来ればそれでいいんです、私は」
　顔を覆ってかぶりを振る。懇願するように。
「神魂の何かなら早く消えてください……」
　すると『ももこ』は抑揚のない声で言った。

『あの時お父様をろっこんで真っ二つにしてしまえばよかったのに』
　
「やめて……」
　声が掠れる。けど、違う。そうじゃない。
　――父が強引に寝子島高校の受験用紙を奪い取り破こうとしたあのとき、初めてろっこんが発動し、ペン先から放たれた衝撃波で父のネクタイを切り裂いてしまった。
　けれどあのとき、父の肉体を真っ二つにしたいなんて、思ったりはしなかった。
「お父様の独りよがりで私は苦しかった、でもそんな事は……思ってません！」
　顔を上げて言い切ったとき、もう、『ももこ』の姿は消えていた。
　消えたけれど……見つけてあげなければいけないのかもしれない。
　自分の中にいる『ももこ』を。
「寝子島高校に入るために逃げるように家を出てしまったこと、やっぱり後悔していたんですね……それを責める気持ちがあの子なのかも……」
　でも、今の私には立ち向かうことも出来ない。
　唇を噛む。
「いつかいつかと言いながらまた逃げてしまうんです……」

　ごめんなさい、『ももこ』。
　まだ見つけてあげられなくて、ごめんね。
　もう少しだけ、時間をください。

このページにイラストを設定する