抜き打ち！　持ち物検査｜リアクション

抜き打ち！　持ち物検査

「えっえっ、持ち物検査？！」

「そうだぜ、お嬢ちゃん、おとなしく言うことを聞けば、痛い目にあわずに済むぜ」

「あわずに済むよぉ～」

　風紀委員の手先として、ますます小物悪党に磨きのかかるサンマさんとマンボウ君。

　おとなしめの隅っこ女子、静かなのが好きそうと見て、与しやすしと因縁をつけた。

「いや、べつにいいですけど……」

　特段、なにか変なものを持ってきているつもりはない。

　きとりは静かに過ごしたいだけなのだ。

　差し出そうと、鞄を取り出すと……。

（……？）

　違和感を感じる。

　妙なふくらみがある。

　いぶかしんでファスナーを開けてみると……！

（――！）

「おっおっなんだ？　おもしれえものが入っていたのか？」

　きとりの全身から血の気が引いた。

　ファスナーから覗けるのは、大きなわんこのぬいぐるみ。

　すべてを見通すかのような瞳が、きとりを見上げている。

　きとりオリジナルのぬいぐるみ。

（ほっ……！）

（ほっ……！）

（本体さん、なんで本体さんがいるの！？

「本体さん、ダメだって、こんなところに来ちゃ！」

　言いながら、ぐいぐいとぬいぐるみを鞄へ押し込む。

「隠しても無駄だぜ、お姉ちゃん」

「きゃんっ！」

　サンマさんのねちっこい声にひるむきとり。

　その隙に、ファスナーからぶわっとあふれ出す巨大なぬいぐるみ。

「ほ、本体さん！　ガッコで出てきたら……ッ！！」

　きとりは必死に本体さんにしがみつく。

　狼狽の極致にある彼女。

　とにかくこの場を離れなくてはならない。

　本体さんを人目に晒すわけにはいかない。

　――全力ダッシュ！
　
　――逃げられるか逃げられるか、
　
　――さあバトルの開始だ！
　
　半ばいぬのぬいぐるみに抱きかかえられるようにして、きとりは滅法暴走を開始する。
　
「うおおおおお！！！」

「なんだあれ！！！！」

　巨大ないぬのぬいぐるみが猛烈な速度で動く姿は、悪夢の中の形象とも見える。

　――全力で、

　――全力で逃げないと！

　脳内に高らかに響き渡るバトルテーマ。

　高らかに鳴り渡る金管楽器。

　心を急き立てるドラムロール。

　きとりの心ときめくランナウェイ、逃避行は今まさに開始され――

　２秒で終わった。

「ご……ごめんなさい……」

「ったく、手間かけさせるんじゃねーよ」

「ぬいぐるみくらいで、怒られたりはしないよぉ～」

　サンマさんとマンボウ君が、きとりをずるずると引っ張る。

「……にしても、でっかいぬいぐるみだな」サンマさんがつぶやく。

「あんまり変な生き物がうろついていると、びっくりしちゃうよねぇ～」マンボウ君がつぶやく。

「……ううう、害を及ぼすものではないので、許してください……」

　しおらしく反省する様子のきとり。もうどうにでもなれ、というような風情も漂う。

「んじゃ、とりあえずこのぬいぐるみは没収だな」

「ぼ、ぼっしゅう？」

「ルールはルールだからな……っと」

　サンマさんが、いぬのぬいぐるみを取り上げようとすると、強い抵抗にあう。

　まるでぬいぐるみそのものが、意思を持つものであるかのように。

「わっ！」

　つんのめった拍子に、犬の頭が大きく宙を描いて、すっぽりときとりの頭を覆った。

　――その瞬間。

「みみみみみみみみん！　いぬみんだよっ！」

　犬のぬいぐるみを頭に被せられたきとりが、さっと顔をあげた。

　何かを吹っ切ったような明るい顔。

「うおっ、どうした！」

　のけぞるサンマさん。

「みみみみみん！　みみみみみん！」

　そのまま晴れやかな顔で、歌いながら暴走を開始する。

「狗民さん？」

「きとりちゃん？」

　周囲の人間は、少女の様子に驚愕する。

　ふだん目立たない、物静かな少女のきとり。

　その彼女が犬のぬいぐるみを被って、暴走している。

　別の人間を見ているようである。

　ふだんのきとりと、今のきとりを、連続した状態＜シリアル・エクスペリメンツ＞で結ぶのは難しい。

　学校に入り、吹き抜けで躓いて「本体さん」のぬいぐるみが取れるまで、彼女の暴走はやまなかった。