抜き打ち！　持ち物検査｜リアクション

抜き打ち！　持ち物検査

「――そろそろ、返してもらっていいかい？」

　月詠が『人体の描き方』を受け取る。

「見られて恥ずかしいものではない。――見せないだけだ」

　確かに、直感肌の月詠が、こんなにまっとうなデッサンの本を持っているなんて意外だった。

　意外な一面？　

　いやいや、そんなことはない。

　自己粉飾に熱心な似而非芸術科でない限りは、たゆまぬ日々の研鑽が己を作り上げるのは自明のこと。

「――散々描いても、基礎は大事なんだよ。

　葛飾北斎だって『子供のころから八十になるまで絵を描いてきたが猫の一匹満足に賭けやしねェ』と泣いて語ったもんさ」

　意表を突く構図、大胆な意匠で度肝を抜く画狂人の名を、彼女が出すのはよくあっていた。

「向上するためには、描くしかないのでな」

　たゆまぬ研鑽の跡。

　優雅な白鳥の、水かき。

　それはたしかに、見られたくないものとしてふさわしいのであるが……。

　ぱたぱたと埃を取って、月詠は一同を見た。

●
　こうして、この一件は終わった。

　あるいたいけな少女の性的な価値観を存分にゆがめたほかは、皆の記憶にも残らぬささやかな事件。

そして、記録は記憶になる。

（マーガレットに軽蔑された……）
　響蒼留人は頭を抱える。
　たしかに、最悪の事態は辛くも逃れたが、おっぱいマウスパッドをしっかり見られたことは確かだ。

「違う、これは不肖の姉のせいなんだ！」

　彼は人知れず訴えを叫んだ。

　彼女はそれどころでなかった、ということを、彼はまだ知らない。

　きとりは後悔にさいなまれた。

　よりによって、いぬみんをガッコで出してしまうなんて。

　なかったことにしたい。
　なかったことに、ならないかな。

　――よし、なかったことにしよう。

　きとりはそう心に決めた。

　そして、全てをなかったことにした。

　その後、犬のぬいぐるみを被って大はしゃぎするきとりの姿を見たというものが現れても、きとりは全く知らぬ存ぜぬを通した。

　しらばっくれている、というなら、あまりに隙のないしらばっくれ方。

　そのきとりの姿に、犬のぬいぐるみを着用するきとりを見たという人そのものが、自分の記憶を疑い始めた。

　そして、犬の姿をした少女は、人々の記憶の中に消えていくのだ。

「仮面の心、か」

　仮面を脱いだ姿が本当なのか、仮面をつけた姿が本当なのか。

　脱ぐことの第一人者にして、かつて仮面の男を演じきった男は、そんなことを呟いた。

　今回の事件、単なるろっこんの怪奇現象というにとどまらぬ、人の心の奥深くに眠るものを呼び起こすものだったのかもしれない。

「……やはりナニカが起きてたっぽいな？」

　一人ごちる。

　すると、あの女ものの下着も？

　いやいや、まさか。

「いやでも、ほんとに奥さんのやつなら、勝手にすてるのは不味いよなー」

　抜き打ち持ち物検査事件が終わっても、彼の憂鬱が晴れることはない。

　そして、誰もいなくなったあとの校舎で、月詠は鞄を開く。

　大量の画集と、さまざまな資料。

　その奥に秘された、一冊のスケッチブック。

「実のところ、このスケブの奥のページは、あまり一般人には見てほしくないのだな」

　言いながらスケッチブックを手に取り、ぱらぱらとめくっていく。

「精巧な絵にしか、見えないけどね……」

　それは、彼女の思い出。

　彼女のろっこん「絵空事」によってしまい込まれた、様々な品々が、そこに飾られている。

　彼女の、彼女だけにわかる、大切な思い出。

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あとがき

担当マスター：ぱーすぺ
ファンレターはマスターページから！

ありがとうございました！

どたばたからクール、ギャグからシリアスまでそろった、バリエーション豊かなアクションを頂きました。
最初はいろいろ配列をこねくりまわしていたのですが、あんまり考えないほうが良いと思い、
そのまま一気にリアクションを描かせて頂きました。

憂鬱な日々が続きます。
こうやって皆様と遊ばせて頂くことで、自分も少なからず「まだ平気だ」っていう気分になれます。
皆様も少しでも、そう感じて頂けたら、とても嬉しいです。

ではまた、寝子島でお会いしましょう！

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