world;<"BAROQUE:CODE">｜リアクション

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　コンクリートに囲まれた階段には、そこかしらに闇が澱んでいた。
　床をこじ開けた入り口からの僅かな月光だけを頼りに降りてゆく。
　先を行くのはサキリと優、真ん中には怯える蜜柑を腕にくっつけた奈津樹、殿には闇を微塵も恐れず悠然とした足取りの真里亞。
　先へ先へ急ぐ少年少女たちの背を月影に見やり、『魔女』はつと足を止めた。
(闇が)
　歪んでいる。
　認めた瞬間、真里亞は腕を伸ばす。先を行く蜜柑の背中を押す。
「え、わわっ、きゃう？！」
「うわ……っ？！」
　突き飛ばされて階段を数段転がり落ちるふたりの背中が、闇に遮られる。正確には、頭上から勢いよく降ってきた鋼鉄のシャッターに。
　光の粒子もない澱んだ暗闇に全身を押し包まれ、真里亞は小さな息を吐いた。
「真里亞さん？！」
　ガン、と仲間の誰かがシャッターを叩く音に、紅い唇に優しくも残酷な笑みが滲む。
「心配はいらないわ。先に行って」
　身体を包む暗闇が濃くなってゆく。けれどそれは果たして周囲の闇か。無味無臭の毒ガスに刈り取られてゆく己の意識がそう見せているだけではあるまいか。
　地の底から誰かの声が聞こえた気がして、真里亞は睫毛をしばたたかせる。まるで命そのもののような、美しく悲しく、力強い声。
　聞こえた声を標に、闇の澱みを辿る。そうして、『魔女』は地の底の底、何よりも誰よりも闇の澱みを纏わりつかせたものを『見』つけた。
(……ねえ)
　いっそ甘く、真里亞は澱みを生み出すものに囁きかける。
(ただで死んであげると思わないで)
　執念深い『魔女』が死の淵に立って最期に使う魔法は、この地の澱みとなった失踪者たちの、澱みに引き寄せられた死者たちの怨嗟を何重にも増幅させるもの。その声を届けるのは、ただひとり。
(貴方の行動を邪魔してあげる)
　痺れて動かなくる白い指をもたげる。深い闇の中に指し示すのは──
　──っあぁああああぁぁア！？
　闇の底で端正な顔を歪ませ凄まじい悲鳴を上げる男の姿を見た気がして、真里亞は淡く微笑んだ。思うのは、最後の道行きを共にした友人たち。
(人間も、案外馬鹿にできないものよ)

「誰かいる」
　迷路のような通路の果てに見つけた階段の上から聞こえてくる足音に、蒼が低く囁いた。
「……行こう」
　柚春は蒼の手を握り締める。
　ゲーム内の味方が誰であるのかは知悉している。
(モブやフラグは分からないけれど)
　けれど、この先にいるのが誰であろうと、ことここに至っては最早どんなフラグがあろうと先に進むしか道はない。
　決意を固めて昏い階段に足をかける。闇の先を見据えて、──その先に見たのは、
(蜂谷優)
「お願い、助けて！」
　優の姿を確認した途端、柚春は躊躇うことなく声を上げた。
「ちょ、大丈夫か？　何があった」
「あなたのお姉さんも、」
　怖いほどの表情で腕を掴んでくる優の腕を掴み返してそう口にした瞬間、優の顔色がますます真剣になった。息を切らせる柚春の手をサキリに託し誰より先に階段を駆け下りてゆく。
「案内するわ」
　蒼白な顔をしながらも冷静な声音で、蒼が皆を仰ぐ。
　上でも何かあったのだろう、強張った顔をした探索者たちはそれでも力強く首肯した。迷いのない動作で暗闇の底へと向かう。
(待っていて)
　暗闇の階段を駆け下りながら、柚春は願う。ついさっき出会ったばかりの人たちのために心から祈る。
(生きていて……！)