『もし自分が姿を消したら、それは黒音高校の怪人のせい』
突然に立ち上がったパソコンには、『help』と名付けられたフォルダがあった。
気味の悪さに早々にシャットダウンしようとしていた手が止まる。
嬉々とした様子でフォルダを開いた悪友が口笛を吹き、三年前の連続失踪事件を口にする。フォルダの作成者はその被害者のひとりではないかと鼻息を荒くする。
画面に浮かび上がる黒い花を『視』た瞳を閉ざす。意図的に隠されたものや隠れたものを黒い花として『視』てしまう裸眼を、つまずいた拍子にずれてしまった眼鏡の鏡面で再度覆い隠す。
傍らに立つ幼馴染がどこか不安げな面持ちで制服の袖を掴んできた。
その幼馴染の腕に腕を絡みつかせ、クラス一の美少女が楽し気に瞳を輝かせる。
『黒音高の怪人』──学校の怪談として囁かれる、夜の校舎を徘徊する謎の存在。
──その日、平和な日常が壊された。
──『BAROQUE:CODE』より
花が咲いていた。
黄昏の色に染め上げられた教室の一角、いくつも並ぶ机の上に設置された何台かのパソコンのモニターのひとつに。
電源が落とされ光を絶やしたいくつもの画面のうちの、ただひとつ。窓から流れ込む茜の色を写し取る他の画面とは違い、部屋の一角の机の上にぽつりと置かれたノートパソコンのモニターだけが穏やかな放課後の色をしていない。
それどころか、闇夜の海よりも禍々しい色を湛えた花が画面から今にも溢れだしそうに咲き乱れている。
藍色の瞳をその漆黒に奪われたまま、
稲積 柚春は瞬きを繰り返した。
(この部屋で合ってるよね……?)
先日の寝子祭の賑わいが、立ち寄ったカフェの賑わいが、ほんの少し遠い。
▼
「遊んでいかない?」
転校して間がない柚春は、授業の遅れを取り戻すまでは自宅学習の最中で。だから近く通学する予定である寝子高校の文化祭は、課題の提出のついでにちょっと覗いてみるだけのつもりだった。
明るい笑顔が印象的な少女に人懐っこく話しかけられたかと思えば、
「いらっしゃい」
今度は艶やかな黒髪の美少女に微笑みかけられた。
聞けば、足を止めたその教室では、パソコン部による『BAROQUE:CODE』という自主制作ゲームのコンセプトカフェが開かれているのだという。
「お試しで遊ぶこともできるよ」
「イラッシャイマセ~☆」
ゲーム内キャラクターに扮装した男子たちにも楽し気に呼び込まれ、ふらりと立ち寄ったカフェ。そこで、寝子祭のその日を思いがけず楽しく過ごすことができた。
▼
「蜜柑、さん……?」
寝子祭の日に親しく話をした少女の名を、──それはゲーム内登場人物の少女の名であるらしかったが──唯一名を知るパソコン部のひとを呼んでみる。モニターに咲く黒い花に瞳を奪われたまま。
(たぶん、『BAROQUE:CODE』のゲーム冒頭、だよね)
寝子祭の日に担任の先生から受け取った新しい課題の提出のついで、寝子祭のときには冊子だけしか購入出来なかったゲームを今日こそは入手しようとパソコン部の部室を訪れたのに、折悪しく部室は空っぽだった。
空っぽの部屋にあったのは、黒い花を映し出すモニター。
(最近のゲームは凝ってるな)
表情には欠片も表さず心中に呟いた、その次の瞬間。
黒い花が、雪崩れ寄せた。
モニターから零れて溢れて、黒の花びらを絡ませ捩じらせ、ねじくれた指のかたちとなった黒い花がいくつもいくつもいくつも、こちらに殺到する。
声を上げる間もなく花に呑まれる。四肢が花の手指に掴まれ自由を奪われる──
▼
「……?」
見知らぬ木造の床にへたりこんだ己の足を見た。見知らぬ学校の制服纏った己の姿に眉を顰めた。
(……最近のゲームは凝ってるな)
もたげた視界の先には、見慣れぬ廊下とその先の暗闇。左手の窓からは冷え冷えとした月影がさしている。
VR、とかいうものだろうか。専用の機器を身に着けた覚えはないけれど、最新のVRゲームというのはこういうもの、なのかもしれない。
とすればここは、寝子高パソコン部制作のゲーム、『BAROQUE:CODE』の中ということなのだろう。
──……け、て
──たす、けて
闇の凝る足元から立ち上るが如く聞こえてくる喉を詰まらせるほどに哀しい誰かの呻き声も、床下をカリカリと爪で掻くような全身の毛が総毛立つほどに恐ろし気なその音も、だからきっと、
(これは、ゲームだよ、ね……)
こんにちは。もしくはご無沙汰しておりました。阿瀬 春と申します。
ガイドをお読みくださいましてありがとうございます。今回は、『プレイバック 2019』イラストキャンペーンのプレゼントシナリオをお届けにあがりました。稲積 柚春さん、ご当選おめでとうございます!
ガイドには、稲積さん、風見鶏 スグリさん、綴 柚枝さん、伏見 真さん、史越 奈津樹さんにご登場いただきました。ありがとうございました!
▼『BAROQUE:CODE』とは
パソコン部が作成した学園サスペンスホラーゲームです。
〇あらすじ
『黒音湖島』という寝子島をモデルにした架空の島の『黒音高校』に通う学生たちが、
三年前に起こった失踪事件や夜の校舎に現れる謎の存在を追ううち、恐ろしい出来事に巻き込まれて行きます──
もっと詳しい概要・まとめについてはこちらをご覧ください。
▼このシナリオについて
このシナリオは、寝子高パソコン部が寝子祭で発表した自主制作ゲーム、『BAROQUE:CODE』の世界観を用いたシナリオとなっております。
神魂の影響で、あなたは『BAROQUE:CODE』の世界に取り込まれてしまいました。
失踪者、あるいは探索者となって、夜の学園を舞台に起こる恐怖を体験したり、謎を解き明かしたり。『物語』をともかくも終焉に導けば、元の世界に戻ることは可能なようです。
『BAROQUE:CODE』をご存知の方も知らない方も、ゲーム好きな方もゲームはあまりしない方も、
どなたでもお気軽にご参加ください!
※ろっこんは『BAROQUE:CODE』世界の中ではほとんど使えないか、もしくはごくごく弱い力の発現となってしまうようです。
▼シナリオへのご参加について
・失踪者側、もしくは探索者側かを選べます。
【キャラクターの行動・手段】の欄に〇失踪者、もしくは〇探索者のどちらかをお書きください。
〇失踪者側の場合……
あなたは真っ暗な部屋に閉じ込められています。体は奇妙な酩酊感に包まれています。体はその酩酊感を更に得たいと求めていますが、心のどこかでそれはいけないことだとも感じているようです。
足元には何かの錠剤が入った瓶が散乱しています。闇に眼を凝らせば、他にも誰かがいるようですが、ひとによっては正気を保っているのか、そもそも生きているのかどうかも怪しいところです。
また、薬の作用によってはひどい恐怖体験をしてしまうこともあるようです。
例)
・奇怪な理科標本に追いかけられる
・自分が死ぬさまを幻として見る
・そこらじゅうからささやき声が聞こえてくる
どんな現象を体験するかはあなた次第です。
……あっ、阿瀬にお任せ、というのもオッケーですー。
地下牢にも似たその部屋の外では、自分をここに閉じ込めた何者かがこちらを静かに観察しているようです……
助けを待つも、脱出を図るも、あなた次第です。
〇探索者側の場合……
気が付くとあなたは見知らぬ夜の高校の廊下に立っていました。
どうやら『黒音高の怪人』を探し出し、三年前の連続失踪事件の謎を解かなくては『この世界』から逃れることはできないようです。
学校のつくりは寝子島高校とほぼ同じのようですが、場所によっては地下に続く謎の通路があったり、命さえ奪いかねない罠が仕掛けられていたりするようです。
罠を仕掛けた『何者か』に捕らえられ、探索者から失踪者となることもありうるかもしれません。
積極的に探索し、巧みな推理で謎を解いたり。
または、罠に引っかかったり『何者か』に追いかけられて、ひたすら恐怖を味わったり。
自由に行動してみてください。
※パソコン部に所属する参加者さんは『PC本人』としてか、『ゲーム内キャラ』としてか、参加方法の選択が可能です。
みなさまのご参加、心よりお待ちしております。