月曜日の屋上｜リアクション

月曜日の屋上

　朝。

　寝子島高校の正門前で、旅鴉月詠は空を見上げた。
　雨雲が風に流され、澄んだ青空が広がっていく。
　梅雨の合間の貴重な晴れ間だ。
　月詠は持っていたスケッチブックを広げると、流れる雲をささっと描いていった。
　見た目は子どものように見えるが、実際は１５歳という年齢の割には達観していた。
　――絵に描いている空は、ただの空ではない。この空の下には、いろいろな人生がある。
　晴れた空とは対照的に、土日の疲れを引きずったような空気を帯びる月曜の朝、登校する生徒たちの足音や会話を聞きながら、遠くに聞こえる町の様々な音を聞きながら、月詠はそんなことを感じていた。

　キンコンカンコーン、寝子島高校の月曜日が始まった。

　寝子島高校の校舎は北と南の２つあり、どちらも屋上は開放されている。
　遠くに太平洋を望むことができる南校舎の屋上は人気があり、休み時間には生徒たちの憩いの場としてよく利用されていた。
　中には授業中にもかかわらず利用している生徒もいて、また安全上の問題からも、一部の教師や生徒は屋上の開放をするべきではないのではないかと問題視していた。
　ただ、誰よりも屋上をよく利用しているのは校長である雨宮草太郎であり、そのような議論が本格化することはなかった。
　自由で開放的な寝子高には、屋上の開放は欠かせないのだ。

　桜井ラッセルは古くなって立て付けの悪い扉をギイッとあけて、塔屋から出てきた。
　塔屋とは、屋上へあがる階段の終点である階段室のある建物であり、屋上に突き出た部分のことである。
　屋上へは、３階から続く階段をのぼり、塔屋にある古い扉をあけて出る構造だ。
　ラッセルはふうっと一息つくと、周囲を見渡した。
「んー。……誰もいねーな」
　扉の側面の壁にはハシゴが備え付けられていて、塔屋の上にのぼることもできる。
　ラッセルは慣れた手つきで塔屋の上に手をかけると、ヤッと体をねじって立ち上がった。
　バタバタバタ！
　慌てた小鳥が飛んでいく。ここは鳥たちの特等席だった。
「おっと！　……わりい。脅かしたな」
　ラッセルは、小鳥に声をかけると、大きく深呼吸した。
「ふうーっ」
　塔屋の端に腰掛けてぶらんと足を伸ばすと、眺望を満喫した。
　青い海が広がり、豆粒のような船が静かに沖へ出て行くのが見える。少しずつ移動する船を見ながら、時の流れを感じた……。

　――あの日のことは忘れない。
　入学式の前、入学が決まってはじめて訪れたのも、この屋上だった。
　町をよく知るには、まず上から見るに限る。この島を眺められるのはどこかとやってきた。
　これから始まる自分の高校生活に胸躍らせ、そこに集った同級生と無邪気な子どものように語り合った。
　そして、あの入学式。
　ラッセルはもれいびになった。黄色いカナリアに変身するろっこんを身に付けた。
　ただ、最初はうまく飛べなくて、あんまり飛べないものだからヒヨコにかけて「黄色いピヨコ」と命名した。
　黄色いピヨコは、飛ぶ練習を続けた。
　練習の成果だろうか、勇気を出してカラスのあいつに向かっていくこともあった。ピヨコにしては、頑張った。
　この寝子島で、笑ったり喧嘩したり仲直りしたり、いろんなことがあった。いろんな人に出会った。
　今、この出発点に立ち、ラッセルは思う。
　ずっとここにいたい。ここから飛び立っていきたい……！

　ラッセルは、首にぶら下げる金の鍵のチェーンをギュッと握った。
　陽の光を浴びて、黄色いカナリアが一羽、眩しく翼をはためかせた。

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