白銀の三夜湖に招かれて｜リアクション

白銀の三夜湖に招かれて

　寝子島ロープウェーの始発駅に小山内海の姿があった。髪型はサイドテール。茶色の髪は鮮やかな青色のリボンで結ばれていた。同色のマフラーはふんわりと首を包み込む。厚手のコートと合わせて防寒対策に抜かりはなかった。
　発車を知らせる音が鳴る。海は単身、ゴンドラに乗り込んだ。
　束の間の景色を楽しんでいると終着駅に着いた。
　海は足早に山頂まで登った。そこで休まず、しばらく道なりに下って足を止めた。目を丸くして白い輝きに包まれた三夜湖を見詰める。
　何回か瞬きをして距離を詰めた。手前の凍ったところを青いショートブーツの踵で踏んでみる。割れることはなかった。その場にしゃがんで軽くノックを試みる。返ってきた音を耳で聞いて納得した表情で立ち上がった。
　顔は横を向いた。お汁粉と書かれた露店にいそいそと立ち寄る。
　若い男性が糸目となって出迎えた。
「いらっしゃい。お汁粉はいかがですか」
　海は頷き、人差し指を立てた。
「一杯ですね。少しお待ちください」
　直感的に理解した男性は寸胴を加熱して手早く器にお汁粉を注ぐ。使い捨ての割り箸を付けて手渡した。海から料金を受け取ると横手に手を向ける。
「良かったら座って食べてください」
　海は頭を下げて丸椅子に座った。
　器から立ち上る白い湯気をゆっくりと吸い込む。子供っぽい笑みで白い餅を割り箸で摘まみ上げる。何度か息を吹き掛けて一口にした。唇が僅かに開いて白い息は青い空に消えてゆく。蕩けるような表情で小豆色の汁を口に含んだ。同時に割り箸を動かして残りの餅を平らげた。
　空になった器を脚の間に置いて余韻に浸る。
「ゴミはこちらで回収します」
　男性の声を受けて勢いよく立ち上がる。海は深々と頭を下げた。
　元の場所に戻る。海は改めて湖と向き合った。意を決して一歩を踏み出す。もう一方の足を乗せた。
　少しとどまって歩き始める。薄氷を踏む状態が続き、次第に表情が明るくなる。
　青い瞳は湖の中心を見ていた。普通に歩いて、少し足を滑らせた。転倒は免れたが苦笑して自身の頭をコツンと叩いた。
　慎重な足取りで海は到達した。誇らしい顔でぐるりと見渡す。見たこともない景色に驚き、同時に目を輝かせる。コートのポケットに手を入れて小さなスケッチブックを取り出した。
　愛用する鉛筆で夢中になって描いた。溢れる情熱は一枚で収まらなかった。方向を変えて何枚も描く。
　結構な時間を費やした。完成した絵を見直して、その出来栄えに満面の笑みを浮かべる。
　止まっていた時間が動き出したかのように身体が震えた。スケッチブックと鉛筆をポケットに戻し、急いで手を擦り合わせる。震えは止まらなかった。
　その時、一人の人物に目が留まる。椅子に座った旅鴉月詠が片手を挙げていた。海は引き寄せられるように歩いた。
　スケッチブックを手に取って文字を書く。
『つくよみちゃんも来ていたんだね』
「のんびり芸術家とは私のことだ。それはそうと温かいコーヒーは如何？」
『ありがとう。もらうね』
　月詠がコーヒーを淹れている合間に海は釣竿を目にした。近くにバケツが置いてある。中には小魚が身を寄せ合うようにして、じっとしていた。
『わかさぎではないね』
「釣れたら面白い。スケッチの材料にはなるが、欲しいならあげる」
　海は困ったように笑った。
「良い反応だ」
　月詠はマグカップを差し出す。海は両手で受け取るとほっとした表情になった。
　その後、二人は描いた絵を見せ合い、文字と言葉で会話を続けた。
　青い空に穏やかな時が流れてゆく。

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