白銀の三夜湖に招かれて｜リアクション

白銀の三夜湖に招かれて

　右肩に引っ掛けたトートバッグからスケッチブックが覗いている。他に荷物はなかった。ダウンコートのポケットに左手を突っ込んだ姿で旅鴉月詠は白銀の三夜湖を眺める。
「壮観だ」
　一言の感想で歩を進める。白い輝きを右手に見ながらのんびりと散策を楽しむ。長い髪は湖の色と等しく、さらさらと流れる。
　左手をポケットから抜き出す。被っていたキャスケットの鍔を軽く指で押し上げて視界を広げた。
　人気の少ないところまでくると足を止めた。赤い目が周囲を窺う。
「悪くない」
　正面の木々の間に踏み入る。湖に背を向けた姿でスケッチブックを開いた。完成した絵を人差し指で擦って一部を壊した。
　『絵空事』のろっこんで封じていた物が一気に解放された。山のように積まれた荷物を前にしてふっと笑う。
「壮観だ」
　月詠はアイスドリルを手に取って湖と向き合う。氷の強度を確かめるように足で踏む。問題ないと悟り、適当な位置に穴を開けた。
　靴底で滑るようにして戻ると今度は釣り用具と折り畳みの椅子を手に戻ってきた。穴の近くにロッドホルダーを手早く取り付ける。速やかに釣竿を設置。取り易い位置に椅子を置いた。漁獲を期待して水を入れたバケツも添える。
「悪くない」
　月詠は同じような作業を続けた。
　椅子に座って手が届く範囲に簡易テーブルを据えた。上にはカセットコンロを置いて早々とキャンプ用のケトルで湯を沸かす。マグカップにはドリップ式のコーヒーがセットされた。
「忘れていた」
　防寒用に用意した小さなカイロをダウンコートの内側に仕込む。その状態で椅子に座って一息入れた。
「完全にキャンプ」
　直後にスケッチブックを手にして開く。右手には万年筆を握って一言。
「アウトドア芸術家」
　釣竿の糸を穴の中に垂らした状態で万年筆を画用紙に滑らせる。余白を雪に見立てた素描は十数分で完成した。
「アウトドア芸術家」
　人気のないところで大切と言わんばかりに言葉を繰り返した。

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