センテンスの魔法｜リアクション

センテンスの魔法

　７

　毎日寒い日が続く冬の時、御巫時子は暖房のついた室内で読書をしていた。
「雷鶏さん、気持ちよさそうですね」
　そっと撫でると、自分にくっついて寛いでいた雷鶏さんは幸せそうに瞼を閉じる。うっとりとしているところに時子は優しく声を掛けた。
「もうすぐ読み終わりますから待ってて下さいね」
　くぅ、と鳴いて、雷鶏さんは寝入り始めた。
　くす、と微笑み、読書を再開する。時子の読んでいるのは、恋愛小説だった。１２歳の差のある２人が出会って恋に落ちるが、なかなか想いが届かない。だが、何度も訪れる障害を乗り越え、最後はハッピーエンドになるという物語だ。
「私もこんな風に想い合えたら良いですね」
　時子は、想い人である五十嵐尚輝のことを思い描いた。彼に好きと伝えたいけれど伝えられない。それが、今の彼女の障害だ。度胸の問題ではない。
（教師と生徒ですから……）

　解ってはいても、会いたいと思ってしまった気持ちが募り、時子は高校へ足を運んでいた。
「あれ、どうしたんですか？　御巫さん」
「あ、あの、ちょっと……」
　休日だったが、尚輝は理科室で実験を行っていた。居るのではないかという予感はしたが、実際に姿を見ると、心に暖かいものが広がった。
（相変わらず、実験ばかりしてるんですね……）
　ほんの少し前に感じた、用向きが思いつかなかった時の焦りは吹き飛び、落ち着いた気持ちで柔らかく微笑む。
「理科室で本が読みたくなったんです」
　すると、尚輝も長い前髪の下で笑った気がした。
「相変わらず、本が好きなんですね。コーヒーはどうですか？」
「ありがとうございます」
　時子が棚から紙コップを出すと、尚輝はコーヒーを注いでくれた。ガラス容器を元の位置に戻した彼の手首を、時子は咄嗟に握っていた。
「！　……御巫さん……？」
　反射的にびくりと手を震わせた尚輝が、驚いた様子で動きを止める。手を握ったまま、時子はじっと彼を見つめた。
「あの……尚輝先生…………私……」
　言葉がそこまでしか続かなくて、その先を言おうとすると理性が邪魔をしてくる。それが、もどかしい。
　――言ってはいけない。
　――迷惑になる。
　そう分かっていても、想いを伝えたくて、苦しくて。
　時子は握ったままだった尚輝の手の甲に口づけをした。また、ぴくっと彼の手が震えた。
　顔を上げてそっと手を離すと、若干口を開けて固まっている彼に照れながら伝える。
「怪我しないおまじないです」
　返事を待たず、時子は理科室を飛び出した。今はまだ、これが精一杯だ。
　卒業するまで、あと１年。
　大人になるまで、あと３年。

このページにイラストを設定する

あとがき

担当マスター：沢樹一海
ファンレターはマスターページから！

まず、リアクションの公開が大変申し訳ございませんでした。
３月下旬から体調不良等で中々執筆が進まず、皆様にご心配をおかけいたしましたことをお詫びいたします。

アクションの中の誰もが純粋な気持ちで一分一秒を過ごしていて、
リアクションを書いている間は、
昨今の時世のあれこれについてあまり考えずにいられました。

テーマが関係の変化ということで、
皆様がこのシナリオをきっかけに密な関係を深めていければ幸いです。

ありがとうございました。

↑ページトップに戻る