霧雨に濡れ｜リアクション

霧雨に濡れ

【雨中のバトル】

　突然の予期せぬ雨。寝子島中学校の愛らしい制服が濡れそぼち、仙藤蒼の気分には我が名のごとくブルーが差した。
「雨宿り、雨宿りっと」
　旧市街に暮らす蒼は、勝手知ったるそぶりで商店街を駆ける。どの店先に駆け込んでも、天真爛漫な蒼の性格やまぶしい若さは歓迎されることだろう。快く迎え入れてくれて、タオルを貸してくれたり、熱いお茶の一杯もごちそうしてもらえるかもしれない。
　ただ、少し気分じゃないな、と思う。
「こっちこっち」
　いくらか長い距離を雨に打たれながら駆け抜け、目当ての店の見慣れた看板を目にすると、蒼はついつい微笑んだ。
「こんにちは～」
「いらっしゃい。おっと、ずぶ濡れじゃないか」
　お目当ての善場模型店へ駆け込むと、店主の善場義春がいつもの笑みを浮かべながら、タオルを渡してくれた。彼の奥さんがいつも洗濯してくれているというタオルは、やわらかくいい匂いがした。
「学校帰りに降られるとは、ついてなかったね。風邪引かないようにね。そうだ、熱いお茶でも飲むかい？」
「ありがとう。いただきまーす」
　雨だからか、店内に客の姿はまばらだ。蒼は遠慮なくひと休みさせてもらうことにする。
　程なくして彼が持ってきてくれたのは、湯気の立つ熱いほうじ茶だった。
「ああ……あったまるぅ」
　ほうと吐息を漏らし、ついついだらしなく緩んだ蒼の顔を、店主はあたたかいまなざしで見守った。

「うん……？　あれなに？」
　雑談のさなか、目に付いたポスターが蒼を惹きつけた。
「カプギア用の新製品、モニター募集？」
「ああ、あれね。こんな雨の日にはピッタリの商品さ」
　オモチャ屋らしく最新のトイやゲームの話に花を咲かせても、結局最後に戻ってくるのは、カプセルギアの話題だ。
　義春が蒼に見せたのは、いくつかのスプレー缶だった。
「カプギア用耐水ラッカー……雨の中で遊んでも、壊れたり塗料が剥げたりしないのかな」
「という触れ込みだね。まだ俺も試しちゃいないんだけど……」
　壁のポスターには、モニター募集中と書かれている。
「良かったら君のカプギアで、試してみるかい？」
「面白そう。やるやる♪」
　手持ちぶさたで雨上がりを待つのも暇だし、蒼はモニターを引き受けることにした。
　まずはスプレー缶を手に取り、眺めてみる。
「えーっと、いくつかあるのね」
「うん、艶なしのマットタイプと、艶出しのグロスタイプ。中間のメタリックタイプがあるみたいだね」
　好きなのを使っていいよ、ということで、蒼は愛用の『Diablo Azul』に似合いそうなメタリックを選ぶ。塗りムラが出ないよう気を付けて、全体へさっと吹きかけると、Diablo Azulのイメージカラーであるブルーがより深く、美しく輝いた。
　さっそく店先にて、その耐水性を確かめる。
「どれどれ……」
　雨粒の中に愛機をさらすのは少し気が引けたが、この新製品が使えるものなら、遊びの幅が広がるかもしれない。そう考えて、思い切って雨中へ機体を飛びこませた。
「あ、すごい！　装甲が雨を弾いて、きらきら光ってる！」
　直進、急停止。急発進からターンして、転がっている石ころを仮想敵に240mm無反動砲を発射。レーザーソードによる近接攻撃も試行する。
　悪天候での操縦を一つ一つ確かめていく。感触はすこぶる良好だ。
「どうだい？」
「なるほど、これはいいかも！　水中型カプギアほどの完全防水は無理でも、雨とか水際のフィールドで戦う時は、十分選択肢に入るわね」
「そうか、それは良かった。じゃ、本格的に追加注文をかけておこうかな……ところで」
　振り返ると、義春がどこかうずうずとした様子で、四脚型カプギアを掲げて見せた。どうやら自分の愛機にも耐水ラッカーを施し、その性能を確かめたい、といったところらしい。
「せっかくだから、実戦で試してみるってのはどうだい？」
「ふふっ。望むところよ！」
　雨が上がるまで、白熱のギアバトルは続いた。
　ラッカーの性能は申し分ない。明日にでも、カプギア仲間にも勧めてみよう。きっとカプセルギアの新しい楽しみを見い出すことができるだろう。
　蒼はラッカーを二缶ほど購入し、ほくほく顔で帰宅の途についた。

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