１０月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

１０月の☆ハッピーバースデー

●10月11日
　その日、嘉渡洲稀跡は16歳の誕生日を迎えた。
　その誕生日は、稀跡にとっては、少しばかり特別な誕生日でもあった。
　というのは、本州で生まれ育ち、今年の6月に寝子島にやってきたばかりの稀跡にとって、今日は寝子島で迎える初めての誕生日だったのだ。
「今日はおうちでゆっくりとしましょう、シェル、パール」
　星ヶ丘寮の私室で、稀跡は可愛がっている愛猫のシェルとパールにそう微笑みかける。
　16歳の誕生日という特別な日ではあったが、稀跡はその日に特に何も予定を入れてはいなかった。
　一応、後日、世話になっている後見人の男性からお祝いの食事をしてもらうことになっている。
　だが、少なくとも、誕生日の当日である今日は何の予定も入れていない。
（今日はこの子達とのんびり誕生日を過ごしたかったから、ね）
　そんなことを思いながら、稀跡は二匹の愛猫を撫でてやる。
　稀跡によく懐いている二匹の猫はゴロゴロと喉を鳴らせて、彼女に甘えてくる。
　そんな二匹を眺めているだけでも、誕生日を一日過ごせてしまいそうだ。
　だが、せっかくの誕生日なのだから、何か1つぐらい『誕生日らしい』ことをしてもいいのではないかとも思う。
「そう、ね。誕生日といえば、やっぱりお誕生日ケーキかしら」
　誰にと言うわけでもなくそう呟いてみると、シェルとパールが口々に「にゃあ」と鳴いた。
「あら、あなた達も食べたいの？」
　問いかけると、再びシェルとパールは「にゃあ」と鳴く。
　そんな二匹を見て、稀跡は少しだけ買い物に出かけるべく手短に支度を整えた。
＊　＊　＊
　買い物から戻った頃には、すでに空は濃紺に染まり、星の見える時間となっていた。
「ただいま、シェル、パール。あら、ちょっと待って。すぐに用意してあげるから」
　玄関の扉を開けて部屋に戻るなり、二匹の猫はゴロゴロと稀跡の足にすりよってきた。
　大変に可愛らしい姿ではあるのが、毛が服にまとわりつくのでそこが少し困りものであったりもする。
　稀跡は、それからすぐに買ってきたばかりの猫用の小さなケーキをシェルとパールに一つずつ皿に入れてやった。
　お腹を空かせていたのか、それとも珍しい香りに惹きつけられたのか、二匹は凄い勢いでケーキを口にする。
「ふふ、そんなに慌てて食べなくても大丈夫よ」
　愛くるしい二匹の飼い猫の姿に思わず顔をほころばせつつ、稀跡も自分用にと買った苺のショートケーキを口に運んだ。
　苺の酸味とクリームの甘味が口の中でとけあって、じんわりと身体全体に広がっていく。
（寝子島で初めて過ごす、私の誕生日……。いいお誕生日になったわね）
　ケーキのほのかな甘みに幸せを感じながら、稀跡は心の中で小さく呟く。
　食べ終えると、カーテンを開けて、何気なく夜空を眺めてみた。
　星ヶ丘寮の自室から望む夜空には、満天の星空が広がっている。
　猫が外に出てはいけないので、窓を開けることはできないが、きっと外では涼しい秋の風が星ヶ丘を吹き抜けていることだろう。
（のんびりと過ごせるというのは、いいものね）
　こんなにも、心身ともにのんびりと過ごした一日は久しぶりであったように思う。
　6月に寝子島に越してきて、寝子高に転校して以来、何かと慌ただしい日々が続いていたからだ。
　夜が明ければ、また慌ただしい日常が幕を開けるだろう。
　それでも、こうしてまた来年にこんな穏やかな誕生日を迎えることができるならそれも悪くはない。
　10月の星空を眺めながら、稀跡はふとそんなことを思った。