【熱帯夜】

　柄にもなく弾みました。踊り出しそうな爪先を抑えて、今はあの炎の元へ。
『親にも黙って外出か』
　握りこんだままのカプセルギア、『セイクビリット』がろっこんを通じ、語りかけてきます。
　鳳城 翔は肩をすくめて、
「たまにはいいだろう。小言はよしてくれ」
『責めてはいない。特別な夜なのだろう？　大いに楽しむといい』
　セイクビリットの言葉に、翔は少なからぬ安堵を覚えます。まるで父にお墨付きをもらったような、不思議な安心感……。
　放任主義な母と翔の関係はどうにも良好とは言いがたく、10cmばかりの小さなカプセルギアの言葉のほうがよほどに心を動かすこともありました。
「別に俺がいようといまいと、あの人は心配なんてしないし……」
『……SHO』
「それより、リットにも楽しんでほしい」
　まぎれもなく特別な夜。大切な相棒との絆も深まろうというもの。
『ああ。そうさせてもらおう』
　鹿耳に角のカチューシャなどかぶり、神父服を着込んで杖まで手にして。翔にももちろんある子どもらしい一面を満たすべく、焚火台へと向かいます。
「ああ。やっぱり、アンタも来てたんだな……」
　そこには黒ずくめに身を包む、牧 雪人の姿がありました。



「ふははははぁー！」
「はぁっははははー！」
　念のためご紹介しておきますと、桜庭 円と白 真白です。うら若き乙女なおふたりの高笑いです。
「間もなく始まるカプギアバトルロイヤル……我らは全力で諸君らを打ち倒そう。子ども扱いを望む君らではあるまい？」
「果たして我らの猛攻に耐えられるかな？　ふははははー」
「お、おとなげねえー！」
「このねーちゃんたち、おとなげねーぞ！」
「おれたちガキなのにな。本気とかヒくわー」
「くっくっく、何とでも言うがよい！」
「勝負には歳の差など関係ないのだー！」
　ちびっこたちの抗議もそしらぬ顔で、今夜のふたりはヒールに徹するおつもりのようです。
　円の肩にはいつもいっしょのにゃーくんと、反対側には『ベリアル』が乗っています。
　真白の手のひらの上の『ネージュリェーツ』は、幽霊っぽく布をかぶせたハロウィン仕様です。
「さあ、いよいよギアバトルの始まりだ！」
「景品が欲しくば我らを倒して見せるがよい、チビっこたちよー！」
「「ふぅーはははははー！！」」
　もー、ノリノリ！



　阿吽の呼吸とはこのことです。
「SHO、右ヨロシク」
「ああ。牽制しつつ向こうの墓石の裏へ進むぞ」
「リョーカイ」
　セイクビリットのＲアーム、闇丸零式が黒い弾丸を連射して敵一体を仕留めた隙に、雪人の『ボナパルト２』がビームスナイパーガンで牽制射撃。流れるようなコンビネーションが活路を開きます。
「これで６機撃破か。いい調子だな」
「そう？　この程度ラクショー、くらい言ってくれないとサ」
「っ……」
　SHOにとってMAKIYUKIは、追いつくべき目標。並び立ちたい相手。挑発めいたそんな言葉には、かえって奮い立とうというものです。
「……当然だ。アンタとなら負ける気がしないし……俺がアンタを勝たせてやる」
「その意気」
　Ｂスナイパーガンで手近な一体を仕留めた瞬間、ふたりはスマホをしゅぱんとフリック。二機のカプギアが遮蔽物の壁から勢いよく飛び出します。
　セイクビリットは敵機に肉薄し、鉤爪でかすめるような一撃。スタン効果で動きを止めたところへ、尾羽による華麗な薙ぎ払い攻撃！
　勢いに乗るふたりのカプギアを数体の敵が阻みますけれど、もはや彼らを止めることはできません。
「MAKIYUKI、後ろだ！」
「オッケ！　甘いね、そこ！」
「よし、仕留めた。上出来だな」
「そっちこそ。ゴホービにお菓子でもあげようか」
「……後でな」
　一体、また一体と仕留めていくタッグの勢いは、留まることを知らず。快進撃！
　とはいえ勝ちを重ねているのは、ふたりばかりでもないようでして。
「あちらのペアも、侮れないな……」
　SHOが警戒の目で見据えた先には、高校生と思われる少女ふたり組が、端的に言いまして大暴れ中であります。
「A.I.C.O.ちゃん、蜃気楼システム起動！　ベリアルとネージュリェーツの幻影を出して、距離感を狂わせて！」
『かしこまりました！』
　円は音声入力を駆使して隙のない行動を心掛けつつ、フィールドに揺らめく炎を自らのものとして操ります。
　炎はバトル開始直後、円と真白が外周の一画を陣取り、そこに散乱していた枯れ木を内側へ弾いて運び、着火したものです。ふたりはこの炎を基点として、陣地を形成することにしました。
「新手が来たよ、円ちゃん！」
「おっけーい！　ベリアル、ビット射出！」
　悪魔型カプギア、ベリアルからばしゅんと切り離されたのは……カボチャ？　ハロウィン仕様のカボチャビットです！
　墓石に隠れながらやってくる数機のカプギアめがけ、カボチャは口からビームを放って攻撃します。
「真白ちゃん、よろしくぅ！」
「うん！　ネージュリェーツ、砲撃開始！」
　真白のネージュリェーツは、左腕のトラップ型武装を用いた搦め手を得意とするカプギアですけれど、今回はタッグマッチ。円のカバーを盾に、胸から発射される大火力エネルギー砲による砲撃に専念することができました。
　胸元の発射口へぎゅううううんっと光が収束し、やがて、ずどん！　エネルギー砲は遮蔽物である墓石をいくつも薙ぎ倒し、その向こうに隠れていた敵機もろともに吹き飛ばしてしまいました。
　どうにか難を逃れても、ベリアルのカボチャビットがトドメの一発を加えます。
「円ちゃんのビットが逃げ道を抑制して、私が砲撃で仕留める！　反撃は蜃気楼で狂った距離感が防いでくれる……ふふふ、完璧な作戦だね！」
「わっはっはー、どこまでも大人げなくいくよー！」
　苦し紛れの特攻に出た近接型カプギアがネージュリェーツへ飛びかかろうとしたところで、ぐるぐるぐるり。あらかじめ仕込んでおいたヤドリギアームの罠が発動し、敵機をがんじがらめに縛り上げます。今回はメインではないにしろ、ネージュリェーツの罠はこんな場面でも有効に働きました。
　おまけに今回の罠は、単に相手を拘束するだけではありません。
「今だぁ、燃えろー！」
　動きを止められたら最後、ベリアルのＲアームが文字どおりに炎を噴き上げ、ぼぼぼぼぼ！　トラップごと大炎上させて仕留めました。
　ちなみに周囲には炎が渦を巻いていて大変ですけれど、円はこれにもあらかじめの策を打っておりました。
「円ちゃん、塗ってもらった耐熱ラッカー、いい感じだねー。どんどん炎を撒き散らしてもダメージ受けないし、敵の炎も防げるし」
「せっかく手に入れたから、使ってみたかったんだよね。効果はバツグンだ！」
　そんなこんなで、ばりばりと撃墜数を重ねておりますと。
「やはり、ぶつかるか」
「勝ってる同士、そりゃね。ケド骨がありそうじゃん」
　立ちはだかるのは、SHOのセイクビリットとMAKIYUKIのボナパルト２。

「ふははは、我らに挑むかーちびっこたちよ！　ひねりつぶしてくれるわー！」
「なんか完全に悪役じゃない？　私たち。まあ、こういうのも楽しいけどね」
　そして迎え撃つベリアル＆ネージュリェーツ！　強敵出現にぴりりと走る緊張感、円の肩でにゃーくんもふしゃーと威嚇しております。
　激突必至！