【演劇祭】Ｅｉｄ　Ｓｅｇｅｎ　そこに在る、対の少女の物語｜リアクション

【演劇祭】Ｅｉｄ　Ｓｅｇｅｎ　そこに在る、対の少女の物語

【そこに在る、対の少女の物語】

　夏朝は、今静かに上がろうとしている緞帳を舞台の中から見つめていた。
　会場内の静寂が重たい緞帳越しでも伝わって来る。
（……ここに立っていない皆に見てもらう為にも、頑張って演じきる……よし！）
　気合いは十分。そうして舞台は幕を開けた。

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　温かな家庭に恵まれた、髪の長い一人の少女がそこにいました。
　優しい母と、支えてくれる父、そして可愛らしい弟に囲まれて。あふれるような幸せな家族と平和な日常。
「お父さん、お母さん。行ってきます」
　今日も少女は学校へ。
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「私もそろそろ時間だ。気を付けて行ってくるんだぞ」
　生まれたばかりの弟を抱えた母と、これから会社に向かう準備をする父に見送られて、少女は胸温かに家を出ます。

　それでも、少女には一つの悲しみがありました。
　自分の中にいる、会話も、目も合わせる事すらも叶わない……確かにそこに存在しているのに、影となってしまう、もう一人の『対』のこと──
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「──今のところは問題ないだろうか？」
「はいっす！　問題なく」
　舞台に出ていた久隆が、舞台から照明や音響を操作する機材室に急ぎ戻ってくる。
　舞台上には、丁度通学途中で雉白猫のシルエットと戯れる少女──夏朝の姿があった。
　スタッフとの練習は重ねているが、最終確認として久隆が指示を出す。そしてスタッフが台詞に合わせて照明の操作をすれば、夏朝の後ろにゆっくりと、墨のように濃く『対』のシルエットが現れた。
　愛娘の舞台。本当は全て自らが行いたいが、自分も出演する以上、なかなか上手くとは侭ならない。
「どうか、上手くいくように……」
　久隆の強い成功への願いが、僅かに言葉に零れ落ちた。

◆　◆　◆
　観客の視界に入る照明が、一斉に炎の赤に切り替わる。
　それは物語の中盤。少女と対がお互いを助けたいという願い叶わないままに、数多の異世界の戦いに巻き込まれながら旅をするシーン。

　理沙は舞台裏に退いてから裏方用の衣装に着替えると、うっかり自分の事を忘れてしまいそうになりながら、じっと舞台に立つ夏朝をどきどきしながら見つめていた。
「まあ……あら大変っ、見とれちゃっている場合じゃないわ～！」
　ここからは、舞台上に準備していたエキストラが慌ただしく上手から姿を見せては、夏朝が演じる戦闘を交えて下手へと消えていく流れだ。理沙は、一所懸命に物語の世界によって変わるエキストラの服の準備を慌てて準備していく。
　ここは、登場する全員が早着替えを必要とする過酷なシーンなのだが──

（あら、これは先の人の…間違えちゃった！？）
　その瞬間に理沙の用意していた衣装は、もう過ぎた物語のものだった。しかし、それを急ぎ受け取ったエキストラも、既に慌てて着替えている。
　もう出番が控えている。間に合わない、エキストラも理沙も気づいた時には遅かった。
「ごめんなさい、物は違うけど演技はそのままでー！」
「だ、大丈夫ですっ！」
　舞台に響かないよう、理沙が謝罪をして僅かに瞳を潤ませ頭を下げる。相手は一つ頷くと、そのまま飛び出して行った。
　それでも、舞台は何とか大きな違和感無く進んでいく。
　理沙がほっと胸をなで下ろすと、一旦夏朝が着替えの為に舞台袖に戻って来た。
「お帰りなさい。はい、夏朝ちゃんの衣装よ～！」
　理沙が、今度は傍らの少女用の衣装を手に取って、夏朝の着替えの手伝いをする。
　片方は制作時にも力作となった『対』用の大きな藍羽根を持つ、白を基調とした修験道の結袈裟をデザインモチーフにした烏天狗の衣装。
　もう片方は、『少女』用シックな着物の着流しをモチーフに、黄金の毛並みをした七叉の尻尾が際立つ猫又の衣装だ。
　そうして理沙は再び夏朝を舞台に送り出した。
　──『少女』用の衣装に身を包んだ夏朝は、練習以上の艶やかさで、舞台上の敵を倒していく。

「どうか、上手くいきますように……」
　ここにも理沙の成功への願いが、そっと静かに添えられた。

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