何でもない日を祝うパーティー！｜リアクション

何でもない日を祝うパーティー！

　落合まゆらは、声優を目指して専門学校に通っている。
　そして、声優の卵たる彼女は、この９月に、あるチャンスを掴み取った。
　校内選抜で合格通知を得、来年の春アニメの端役を務めることになったのである。
　端役の中でも、エンディングに名前すら載らないようなガヤ同然の役。
　それでも、まだ『卵』の彼女にとっては、この上なく嬉しい機会であることは間違いがなかった。
　実際、合格の知らせを耳にした時には、呆然としたし、そのあとで、ボロボロと涙も零れた。
　それがちょうど、まゆらの１９歳の誕生日の出来事。
　そしてまゆらは今、かつてないほど忙しい日々を送っている。
　『何でもない日を祝うパーティー』のチラシを偶然受け取ったのは、その最中のことだった。

※

（なんか面白そうって思って顔を出してみたけど、盛り上がってるなぁ）
　会場の《cafe眠り猫》は、見ているだけで心が浮き立つような賑わいに満ちている。
　店内に足を踏み入れたまゆらの口元にも、ふわり、笑みが乗った。
（こうやって一息入れるのも、すごく久しぶりな感じ）
　端役とは言え声優としての仕事をするとなれば、やるべきことは幾らでもある。
　授業やアルバイトもこなしながら、『卵』の殻を破るべくひたすらに励む毎日。
　気付けば、びっくりするほど時が流れている、ということの繰り返しの先にまゆらはいた。
「お飲み物はいかがですか？」
　感じのいいスタッフににこやかに声をかけられて、まゆらは、
「えっと、じゃあ、ストレートティーで」
　と、とりあえずの注文をする。
　パーティーは立食形式で、邪魔にならない場所に、焼き菓子が並ぶスペースがあった。
　まゆらはそちらへと足を向けると、早速、焼き菓子を吟味し始める。
（どれも美味しそうだけど、まずはマフィンかな）
　味はどれにしようか……と口元に手を宛がったその時、まゆらは、ふと気付いた。
（お祝い仕様のデコレーション、なんてあるんだ……）
　祝いたいことならば、心の中心に確かにあった。
　よし！　と胸の内に呟いて、まゆらは、近くのスタッフに声をかける。
「あの、このマフィン、デコレーションしてもらえますか？」
「はい。かしこまりました。何か、お祝い事ですか？」
「実は……来年の春アニメで、端役だけど役をもらって、声優デビューすることが決まったんです」
　少しはにかみながらそう伝えれば、「わ、すごいですね！」とスタッフは声を跳ねさせた。
「私事ですけど、私、アニメ好きなんですよ。声優さんって昔から憧れで……今、どきどきしてます」
「そんな、本当に端役ですし、どの作品かも、まだ言えないんですけど……」
「それでも、作品に命を吹き込む一員じゃないですか！　応援していますね」
　デコレーションも頑張っちゃいます！　と、スタッフは、笑顔で拳を握ってみせた。

※

「うわー、なんか食べるのもったいない……」
　デコレーションされたマフィンを目に、まゆらは、思わずそう零した。
　その言葉に偽りはないけれど、でも、結局食べずにはいられない。
　ああ美味しい、と満足げな色の滲む息を漏らして紅茶を喉に流し、
（――そういえば、）
　と、まゆらは店内の様子を見渡した。
（あたしが声を当てるアニメの舞台って、ちょうど、《cafe眠り猫》みたいな感じなんだよね）
　カフェを舞台にしたほのぼの系の作品なので、雰囲気を掴むのにも良かったかも、と思う。
　店の様子を観察しながら、まゆらはマフィンを食べ終えて、
「よーし！　次はマドレーヌを3種類に、ついで親子猫のクッキーも取ってきちゃおうっと！」
　なんて、明るく声を弾ませた。

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