９月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

９月の☆ハッピーバースデー

「胡乱路先輩、９月生まれなんだね」
　恵御納夏朝が、胡乱路秘子の誕生日を人づてに知ったのは９月始めのことだ。
　すぐに秘子に連絡をとり、彼女のバイトが休みの日に会う約束を取り付けた。
「プレゼント、何をあげようかなぁ……」
　桜花寮の自室、贈り物に悩む夏朝の足下に、猫のおはぎがすり寄ってきた。
「なぁ～ぉ」
「よしよし……胡乱路先輩がいなかったら、あなたと過ごすこともなかったのかもしれないね」
　ゴロゴロ喉を鳴らすおはぎの背中を撫でる。

（よし、プレゼントは猫さんのお守りにしよう！）

　夏朝はそう決めて、眠りについたのだった。

◆

　翌日、寝子島の雑貨店でイメージ通りのお守りキーホルダーを見つけた夏朝は、上機嫌で帰り道を歩いていた。
「たまには寝子島海岸に寄り道してみよっか」
　寮で猫を飼っている事は秘密なので、連れては歩けない。夏朝は猫パペットのハル君にそう告げて、砂浜に足を踏み入れた。
　足が濡れない所まで海に近づいて、目を閉じて波の音に耳を澄ます。
「……ん？　あれ、波の音に混じって、何か聞こえるな」
　耳を澄ましたまま、辺りをきょろきょろ見回す。
　嗚咽のようなものが聞こえて来る方向に歩くと、彼女はいた。茶色のツインテール――落合まゆらだ。
　夏朝の背景にマンガのような雷が落ちる。

（ハル君どうしよう……僕、泣いている女の人を慰めるなんて、自信ないよ）

　他に誰か居ないかと探したが、あいにくこの日の海岸は人気が無く。
　覚悟を決めて、夏朝は声をかけることにした。

「あ、あのぅ……大丈夫ですか？」
「はっ！」
　びくっと、彼女は飛び上がらんばかりに驚いて、じっと夏朝を見た。
「ぼく、猫のハルっていうんだ。良かったらこれ、使ってよ！」
「あ、ありがとう。ごめんなさい、驚かせちゃって」
　ハル君の手からハンカチを渡すと、初めてまゆらは笑顔になった。
「何か悲しいことでもあった？　ぼくで良ければ聞くよ！」
「心配してくれてありがとう。……悲しいことじゃなくて、嬉しい事があったんだよ。うれし涙なの」
　くすくすと笑って、まゆらは話してくれた。
　声優になりたくて、専門学校に通っていること。
　誕生日の今日も学校に行ったが、突然、アニメの端役に合格したと告げられたこと。
「もう、茫然自失って感じで、思わず「え……あたしが……ですか？」って聞き返しちゃって。先生にも落ち着いて、って言われたの」
「えーっ、すごいね！　誕生日に夢が叶うなんて、最高のプレゼントじゃないか！　おめでとう！」
　小さな手で拍手をするハル君に、まゆらはお礼を言い、恥ずかしそうにこう続けた。
「アニメの役が貰えるなんて、本当に嬉しくて……一生懸命がんばろうって思ってたんだけど、涙が出てきちゃって。ありがとうね、ハル君、慰めてくれて」
　その後、何度もお礼を言ってまゆらは帰って行った。
　後ろ姿を見送りながら、夏朝はかつて秘子が抱いていた夢を思い出していた。
　今は違うかもしれない、けれど。

（先輩も、望むものを得られますように）

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