何でもない日を祝うパーティー！｜リアクション

何でもない日を祝うパーティー！

　タンポポ色のワンピースの裾をふわりと揺らして、恵御納夏朝は《cafe眠り猫》を訪れた。
　約束の相手は、既に店の前に立っていて、
「あ、夏朝！」
　と、犬杜初が声を華やがせて大きく手を振り、犬杜一閃は口元に小さく笑みを乗せる。
「ごめんね、２人とも。待たせちゃったかな？」
「いや、今着いたばかりだ」
「ていうか夏朝、そのワンピ超可愛い！　超似合ってる！　あと、誘ってくれてありがと！」
「僕も、ありがとう。２人が来てくれて、嬉しい」
「友達が誘ってくれたんだもん、もっちろん来るわよ！」
　何故か自慢げに笑う初に、夏朝もそっと笑みを返せば、
「……とりあえず、中に入るか。折角のパーティーだからな」
　と、一閃が柔らかく言った。

　パーティーは立食形式で、誇らしげに並ぶ焼き菓子の数々に、夏朝は瞳を輝かせた。
「猫さんの形のクッキーに、マドレーヌ……！」
「夏朝、好きそうだよね。ういも、可愛いのも美味しいのも大好き！」
　あれもこれも可愛くて美味しそうだとひとしきりはしゃいだあとで、
「僕は……マドレーヌはココア味にしようかな」
「ういは、苺のクッキー！　お兄ちゃんは？」
「そうだな……とりあえず、アイスコーヒーを頼むかな。飲み物、恵御納はどうする？」
「えっと……パーティーだから、ジュースにしようっと」
「お兄ちゃん、ういは苺オレね！」
　夏朝達の言葉に頷いて、一閃がスタッフに飲み物を注文する。
「あ、あと、」
　背を向けかけたスタッフに、慌てて声をかける夏朝。
「マフィンをお祝い仕様にデコしてもらいたいなって」
　伝えれば、かしこまりましたとスタッフの男性はにこやかに笑った。

　やがて運ばれてきたドリンクで乾杯を済ませたら、話の花は益々以って咲き誇る。
「そうだ。前に初ちゃんに教えてもらった、アウトレットで売ってる、猫柄のロングスカートなんだけど」
　キュートにデコレーションされたマフィンを食べる手を止めて、夏朝。
「まだ行けてないけれど、今度行って買えたらいいなって」
「ほんと！？　夏朝があのスカート穿いてるとこ、早く見てみたいなぁ。ね、お兄ちゃん！」
「俺は、そういうのには疎いんだが……でも、猫柄というのは恵御納らしいな、とは思う」
　何気なくも楽しい会話は、夏朝の胸をふわふわと膨らませた。
（ここにもまた来たかったし、『何でもない日を祝うパーティー』にも興味があったから参加したけど……）
　やっぱり来て良かった、と心の中で呟く。そして夏朝は、
「初ちゃん、一閃さん」
　と、名前を呼んだ。
　２人が揃って、不思議そうな顔で夏朝を見る。
（誕生日でも、異世界で出会った日でも帰還できた日でもないけれど、日ごろの感謝をこめて……）

「いつもお世話になってます……本当に、ありがとう！」
　気持ちを確かに手渡せば、一閃は面映ゆげに首の後ろを掻き、初は瞳を瞬かせたあとで、
「夏朝、唐突すぎ！　でも……ういからも、いつもありがとう！」
　と、はにかんだように笑みを零した。一閃も、
「俺も……お前には、本当に感謝している。その、有難う、恵御納」
　なんて、ぽつぽつと言い、その唇は、微かに緩む。
　夏朝は、ふうわりと目元を和らげた。
（これは２人には言わないけれど……祝いたい事は、もう１つ）
　それは、夏朝にとって、とても大事なこと。
（何でもない日……何でもない、フツウの１日）
　これから色んな事が起こるだろう、と思う。
　楽しい事もあり、そうでない事もまた、訪れるはずだ。
　重大な選択を迫られる時だって、あるかもしれない。
（だから……何でもない日も、大切な１日）
　平穏に、普通に過ごせるのは、実は結構貴重で大切なことなんだと、夏朝は知っている。
　だからこそ今日を、平穏な１日を祝いたいと、思わずにはいられないのだ。
（平穏な日に、過ごしたい人と過ごせる日に……乾杯！）
　心の中にそう音を紡いで、夏朝はジュースのグラスを、ごく仄かに掲げた。

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