９月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

９月の☆ハッピーバースデー

　その日は愛猫萌々子にとって、特別なことの無い一日として終わろうとしていた。
　寮の自室で寝る支度をする視線の先、スマートフォンの画面には誕生日が表示されているが、何の感慨もこみ上げてこない。
　何せ小学校６年生の時に母が入院し、中学生になってからは厳しい父親におびえる毎日を送ってきたのだ。誕生日のお祝いどころではなかった。

　そんなほろ苦い思い出をかみしめながら、照明を消そうとした時。　スマホが小さな音を立てた。

『MewTube で D.D.Leo さんが配信を開始しました』

　兄の名に慌ててスマホを手に取る。
　D.D.Leo は、アメリカでシンガーソングライターをしている萌々子の兄、愛猫公英が動画を配信する際に使う名だ。
「時差があるし……向こうは６日の朝のはず……配信タイトルは」
　画面に表示された『Happy birthday to you』の文字に、まさか、と思いつつ視聴を開始。

　小さな画面には、いつものようにミュージシャンとして画面に映っている兄の姿。
「えっと……今日誕生日の大切な人へ特別に、かな……英語のリスニング勉強しておいてよかったです」
　兄の口が紡ぐ英語をなんとか拾い上げ、萌々子はほっとした。
　彼がギターを構えると、透き通る歌声が聞こえてくる。

　――大切なひと　今　どうしていますか
　　　小さな背中　見送った日

　歌声を聞くにつれ、萌々子の脳裏に、寝子高への進学を決めた『あの日』の事が鮮明に蘇ってきた。
　無気力な日々を送っていた自分を救い出してくれた、らっかみ騒動。非日常へあこがれ、始まりの神様に会いたいという想いで家を出たこと。
　野々ののこに出会い、親衛隊を結成したり、自作イラストや漫画を投稿するようになったこと。

　――今は遠く離れていても
　　　お前が選び　決める全てを　信じている

　歌い終えた公英は汗をぬぐい、こちらへ向かって叫んだ。　
「おおい！　聞いているか？　聞こえているか！　やりたい事が見つかったのなら全力で追いかけろ！　俺が誰より、世界で一番、応援しているからな！　誕生日、おめでとう！」
　そのメッセージを最後に、放送は終了。
　間違いなく、妹に向けてのバースデーソングだ。
　そっとスマホを抱きしめる萌々子の口から、小さな呟きがこぼれた。

「ありがとうございます、お兄様……私は幸せです」

このページにイラストを設定する