○○の秋｜リアクション

○○の秋

読書の秋
　西日が射し込む演劇部の部室のドアが開いた。制服姿の青山絢がひっそりと中に入る。
　一目で誰もいないことがわかる。がらんとした部室に佇み、軽く息を吐いた。
　絢は手に提げていた学生鞄を机の上に置いた。椅子には座らず、本棚へと向かう。背表紙に書かれたタイトルをろくに見ないで数冊を抜き取った。胸に抱えて空いた席に座ると早速、一冊を開いた。
「……これ、以前に読んだ短編よね」
　冒頭を読み終えて頁を捲る。やっぱり、と口にして読み進めていく。瞬きを忘れたかのように文字を目で追って、ああ、と頷きながら声を漏らした。
　頁を捲る手が早くなる。そうそう、と相槌を打って笑みを零す。作品の世界に没頭しているようだった。
　顔を上げた。読後の余韻に浸るかのように瞼を閉じた。唇が何かを呟き、再び本と向き合う。
「台本でホラー……」
　弱々しい目となった。指先で頁を摘まんで怖々と捲る。
　木々に囲まれた古い洋館が舞台になっていた。登場人物は大学生の五人。夏休みを利用して辺鄙な田舎に遊びにきていた。午前中は晴天に恵まれた。午後に入って雲行きが怪しくなり、凄まじい豪雨に見舞われる。リーダー格である木原隆の提案で近くの洋館に逃げ込んだ。
　軽い雨宿りのつもりで訪れた洋館。五人の大学生に惨劇の斧が振り下ろされる。
　目で文章を追っているだけで身体が小刻みに震えた。指先にまで伝わって上手く頁を捲ることができない。
「みんな、どこ？」
　登場人物の一人、小林加奈子の台詞が口を衝いて出た。怯えた様子までよく似ていた。
「こ、これって血がじゃないよね……」
　赤い絨毯が敷き詰められた廊下の一部が赤黒くなっていた。加奈子は涙が滲んだ目で後退りする。
　友達の名前を口にする。加奈子は小走りとなった。見つけた扉のドアノブは回らない。鍵が掛かっていた。目にした扉を片っ端から叩いていく。
「みんな、肝試しはやめて出てきてよ！」
　加奈子の台詞に引っ張られ、絢は迫真の演技で叫んだ。
　瞬間、口に掌を当てた。恥ずかしそうな顔で部室のドアを見る。閉じられたままで変化はなかった。
「危なかったわ」
　安堵の表情で台本を閉じた。指先で押しやって別の本を手に取った。かなりの厚みがある。タイトルは『運命の天秤は傾かない』と謎解きのような要素を含んでいた。
「長編の推理小説みたい」
　ハンカチを取り出して両方の掌を拭った。
　絢は背筋を伸ばして読み始める。登場する怜悧な探偵のように机上に肘を突き、こめかみに人差し指を当てた。指先でとんとんと叩く。思考を巡らす時に見られる特有の仕草であった。
　頁を静かに捲る。息を呑んだ。二人目の被害者が出てしまった。フィアンセの男性は子供のように泣きじゃくる。
　絢は目元に溜まった涙を指先で拭った。怒りにも似た表情で先を読み進める。
「……待って」
　作中の人物に成り切って声が漏れる。唇が小刻みに震えていた。
　本に顔を近づけた。瞬きの回数が多くなる。食らい付くように目で文章を追い続けた。
「……え？」
　初めて気付いたとばかりに顔を上げた。部室は夜のような様相を帯びて薄暗い。絢は席を立って壁のスイッチを入れた。
　明るくなった部室を目にして絢は立ち尽くす。未だに誰も来ていなかった。
「どういう……あ」
　目を見開いて頷く。
「部活のない日だった……」
　瞬間的に頬が赤く染まる。急いで本を抱え、本棚に戻した。学生鞄を引っ掴み、ドアへと早足で向かう。
　ドアを目前にして動きを止めた。迷うような目は本棚に向けられた。
「……明日までなら」
　本棚に引き返し、厚みのある本を抜き出して鞄の中に収める。
「犯人は彼よね」
　絢は笑みを浮かべた。全ての戸締りを済ませると弾むような足取りで帰っていった。

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