○○の秋｜リアクション

○○の秋

　空が茜色に燃える頃、バスケットボール部の練習が終わりを迎えた。部員達は談笑しながら部室棟に移動した。汗に塗れた身体をシャワーで洗い流し、さっぱりとした様子で帰路に就く。
　羽生碧南は二つ目の信号で友人と別れた。明るい表情は途端に失われ、足を引き摺るようにして桜花寮へと帰ってゆく。
　――部活をしただけで、こんなにお腹が減るなんて、今日の私はおかしい。寮がとても遠くに感じる。辿り着ける気がしないわ。
　鳴る腹を黙らせるように手を強く押し当てた。虚ろな目となって遅々とした前進を続ける。
　大きく息を吸った。横手に目がいく。コロッケ屋のショーケースには香ばしい匂いを漂わせる物が整然と並べられていた。
　足は向きを変えた。ショーケースのコロッケを見詰めたまま、ふらふらと近づく。
　立ち止まると身を屈めて黄金色の物体に熱い眼差しを注いだ。気付いた店主が作業の手を止めた。
「いらっしゃい。どれも揚げ立てだよ」
「こんがり、サクサクで、中がとろり……」
　各種コロッケに目が翻弄される。上体がゆらゆらと揺れ始めた。
「ポテトコロッケを一つ」
「嬢ちゃん、良いタイミングだ。揚げ立てだよ」
　碧南は料金を支払う。店主は手際よく紙の容器にコロッケを入れて、はいよ、と手渡した。香ばしい匂いに耐えられず、立った状態で齧り付く。
　夢見がちな表情となり、懸命に口を動かした。
　――衣はサクサク。中身のポテトは甘く蕩ける。絶妙な塩加減のおかげで、ソースがなくても食べられるわ。
　碧南の様子を目にした店主は誇らしげな顔となった。
「立ち食いだと落ち着かないだろう。店の中でじっくり食べていけばいい。テーブルにはソースや調味料を揃えてあるよ」
「そうします！」
　碧南は空いた席に座ると食い掛けのコロッケにソースを垂らす。残りは二口で平らげた。
　近くの壁にはコロッケの種類と値段が書かれた紙が貼り出されていた。
　――野菜コロッケがあるわ。メンチにカニクリームも美味しそう。チキンはジューシーな感じがして、想像するだけで胃が痛くなるわ。
「嬢ちゃん、次のコロッケは決まったかな」
「もう、全部！　メニューに書かれた順番で全部のコロッケを一つずつ貰うわ！」
「全部って。まあ、育ち盛りで身長もあるから……でも、本当に？」
「もちろんよ！」
　試合前の気合が迸る。碧南はジャージの袖を捲って備えた。
　目の当たりにした店主の士気も上がる。捩じり鉢巻きをして次々にコロッケを揚げていく。冷める前に皿に載せて熱々を届けた。
「いただきます！」
　テーブルに置かれた割り箸を手に取る。皿の端には全ての調味料を揃えた。
　碧南は割り箸でコロッケを割った。中身に適した調味料を付けて食べる。
「カニクリームとケチャップがよく合うわ～」
　野菜コロッケには醤油を付けた。メンチコロッケは中濃ソースにたっぷりと浸して二口で平らげた。
「もう、どれも最高！」
　皿の中身が無くなると新しい皿が運ばれてきた。店主の額に汗が滲んでいる。碧南は首筋の汗を拭わず、意味ありげに笑った。
　店主は揚げ立てのコロッケを出し続けた。
　碧南は夢中になってコロッケに食い付いた。
　二人は競うように手を動かし、やがて全てのコロッケが胃の中に収まった。
「ごちそうさまでした」
「驚いたよ」
　店主は顔の汗をタオルで拭う。碧南は堂々とした態度でコロッケの料金を支払った。
「美味しくて手が止まりませんでした。また来ます」
「ああ、待ってるよ」
　どちらともなく手を出して握手を交わす。
　碧南は力強い足取りで桜花寮に帰っていった。

　その日の夕食、碧南はご飯を四回もおかわりした。凄まじい食欲の秋であった。

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